髙橋史朗 21 -「親になるための学び」――「感謝」と「褒める」で共に育つ
髙橋史朗
モラロジー研究所教授
麗澤大学大学院特任教授
●カリスマギャルママ・映画監督との出会い
不思議な縁で元カリスマギャルママモデルの日菜あこさん、および若手の映画監督の豪田トモさんと10月10日に「パパ&ママ応援! 子育てトークショー」を開催することになった。主催は埼玉中央青年会議所で、私が会長をしている一般財団法人親学推進協会に1,000人規模の親学講演会の開催依頼があったことが発端であった。
予算は十分にあるというので、企画会議を何度も行い、お二人とのトークショーを提案した。この2人を推薦したのには訳があった。虐待死が相次ぐ中で子育ての困難さに真正面から向き合い挌闘している姿に感銘したからである。
日本青年会議所埼玉ブロック主催で「ギャルママ協会」の日菜さんほか2人と親学パネルディスカッションを開催した際、じっくり「ギャルママ」たち(全国組織のギャルママ協会はピーク時約4万人の組織であった)の本音を聴いて、親支援の在り方の根本的見直しを迫られた。この組織に属する多くのギャルママが離婚と「虐待の連鎖」を経験する中で、「孤立」した子育ての困難さに直面している現実を赤裸々に涙ながらに語る姿に触れ、親を責めてはいけないことに気付かされた。
子供の成長、発達には母性と父性の優しさと厳しさの関わりが必要だと説いても、自分自身が親から虐待され、「愛着」を受けたことがないので、子供がかわいいと思えず、気付いたら子供を虐待している現実をどうしたらよいかわからない、と泣き崩れるのであった。その痛々しい姿を見て、「育児」の前に、自らが背負った精神的トラウマにしっかりと向き合い、まず自らの心のコップを上に向ける「育自」(自らを育てること)が大切であることに気付かされた。
以来、「虐待の連鎖」から如何に脱却するかについて考えてきたが、「育自」に基づく「育児」への転換、「虐待の連鎖」から「感謝と褒め育ての連鎖」への転換、「孤育て」から「共育」への転換が必要という結論に辿り着いた。
豪田トモ監督との出会いは、10年前に全国で上映され、90万人を動員したドキュメンタリー映画『うまれる』(監督:豪田トモ、ナレーション:つるの剛士)と現在、オンライン上映中のドキュメンタリー映画『ママをやめてもいいですか!?』(監督:豪田トモ、ナレーション:大泉洋)並びに池川明氏との共著『えらんでうまれてきたよ――胎内記憶が教えてくれること』を読んだことにあった。
同書は映画『うまれる』の製作過程で集まった親子の絆と命の神秘に満ちた、母親のお腹の中にいた時の「胎内記憶」の証言集である。一方のオンライン上映中の映画では、10年後の今、インターネットで母親400人にアンケートし、「ママをやめてもいいですか!?」と思ったことがあると答えた人が77%に及んでいるという。
母子の絆と命の神秘への感動的な内容から、子育ての困難さをクローズアップする内容へと、10年間で大きく変化した背景には、一体何があったのか? 母子関係の光と影の相反する両局面を浮き彫りにした豪田監督の胸に去来するものは何かを知りたいと思った。
●「胎内記憶」33%、「誕生記憶」21%――諏訪市17保育園1,620人調査
長野県諏訪市の17保育園1,620人の聞き取り調査によって、33%の500人以上に「胎内記憶」、21%の子供に「誕生記憶」があったことが判明しており、池川明クリニックのアンケート調査でも、胎内記憶がある子供は53%、誕生記憶がある子供は41%に及んでいる(『ママを守るために生まれてきたよ!』(学研))。
また、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリで人工知能の研究に従事後、株式会社「感性リサーチ」を設立した黒川伊保子氏は『母脳――母と子のための脳科学』(ポプラ社)において、わが子の「胎内記憶」について、次のように述べている。
<息子が、2歳になる少し前のこと。彼は、胎内記憶を語ってくれた。……「ママは、あかちゃんがんばって、ってゆった」このセリフを言った時期が、私には明確にわかっていた。それは、彼が生まれる直前のこと。……「ゆうちゃんは、ママのお腹の中にいたんだよね」「うん」「で? その前、どこにいたの?」「ママ、忘れちゃったの?」と彼は、いぶかしげな顔で……「ゆうちゃん、木の上に咲いてたじゃない。で、ママと目が合って~、それでもって、ここにきたんだよ」と言いながら。まるで美しい詩のようだった。涙があふれて止まらなかった。……生まれたての魂は、確信しているのである。この母のところに来たかったのだ、と。私を泣かせたのは、そのことだった。子は、母を選んで生まれてくる。その事実。私は、このとき、固く決心したのだった。私は、何があっても、この子を守る。この子の最大の理解者であり、最大の支援者であり、最大の癒しになる、と。それは、単に、私の子だからじゃない。私を選んでくれたからだ。文字通り、人生のすべてをゆだねて。これ以上、自分の存在を認めてくれる行為が、他にどこにあるだろう。ここにおいて、私の存在価値は永遠不滅になった。母になる、というのは、そういうことだ。ゆるがぬ何かを手に入れる>
同書の「母の胎内で知ること」という次の1節も心に残った。
<胎児の聴覚野は、ほぼ30週目に完成するという。つまり、妊娠8カ月目の後半には、外部音声を感知して、記憶の領域にしまうことが可能になる。……母親がことばを発する時、お腹の中にいる赤ちゃんは、母体の筋肉運動、息の音や声帯振動音の音響のど真ん中にいることになる。……「ありがとう」の筋肉運動や音響振動が届くのである。このことが何度か繰り返されれば、赤ちゃんの脳に、「ありがとう」の発音体感と、胎内の気持ちよさの関係性が生まれるはずだ。やがて聴覚野が完成すれば、これに音声情報が加わる。つまり、胎児は、「ありがとう」の真ん中にいて、「ありがとう」を口にする人の体内で起こる喜びを、その身体の一部として知るのである。よちよち歩きの小さな子でも、何かを持ってきてくれたときなどに、「ありがとう」と声をかけると、花が咲いたように笑う。「あー、あなたは、ありがとうの意味を知っているのね」と私は嬉しくなる>
京都大学大学院の明和政子教授も『ヒトの発達の謎を解く』(ちくま新書)において、胎児(妊娠27週)の「予期的口開け」の写真を掲載し、次のように述べている。
<胎児は、母親の声を聞いたときにのみ心拍数を高めました。妊娠23~33週の胎児は母親の声に対して他の音とは異なる反応をみせました。胎児は母親の声を聞いたときだけ、その声に応答するかのように口を開閉させる頻度を高めたのです>
●科学的知見に基づき、体罰の是非を根本的に見直せ!
このような深い縁、絆によって運命的に結ばれた親子、とりわけ母と子が、一体なぜ虐待という悲劇に襲われるのか?!
「虐待の連鎖」に注目する福井大学の友田明美教授によれば、7割弱の確率で虐待の世代間連鎖が広がっており、先天的な発達障害の特性からくる症状なのか、愛着障害等の後天的な症状なのかを見極めて、発達障害と愛着障害の相違点を区別することが重要であるという(『親の脳を癒せば子どもの脳は変わる』(NHK出版新書))。
友田教授は「児童虐待」という表現を極力使わず、「不適切な関わり(マルトリートメント)」という用語を用いて、「不適切な関わり」の種類によって、ダメージを受ける脳の部位が異なるという。
例えば、体罰によって、情動の処理を行う「扁桃体」等の感情や思考、行動に関わる「人間性知能」と言われる「前頭前野」が萎縮し、本能的な欲求や衝動が抑制されにくくなることが判明している。また、性的「不適切な関わり」や親同士の争い(DVの目撃は「心理的虐待」)の目撃によって、苦痛を伴う記憶を繰り返し呼び起こさないよう、「視覚野」の容積が減少することも分かっている。
さらに、激しく怒鳴る、威嚇する、なじるなどの暴言によって「聴覚野」が肥大し、特に母親からの暴言のほうが、脳への悪影響が大きいことも明らかになっている。また、「不適切な関わり」の強いストレスにさらされると、強い情動とつながる記憶と関係が深い「海馬」が損傷を受け、特に3歳から5歳の幼児期に激しい精神的ストレスを受けると海馬が委縮し、学習能力や記憶力の低下要因になるという。
2年前にセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが発表した「子どもに対するしつけのための体罰等の意識・実態調査結果報告書」によれば、「しつけのための体罰容認」が6割、「おしりをたたく」「手の甲をたたく」等の軽い体罰は7割が容認していることが明らかになった。
しかし、16万人の子供の調査研究によって、軽い体罰でも次のような「有害な結果」を招く恐れがあることが判明し、東京医科歯科大学とハーバード大学の共同研究でも同様の結果が得られたという。
○規範や規則を守る心が育ちにくい
○攻撃的になりやすい
○集団での行動がしづらい(反社会的行動)
○対外的/内面的な問題行動のリスクが高まる
○心の健康が脅かされる
○親子間の愛着形成が損なわれる
○認知能力が低下する
○自己肯定感が育ちにくい
○親からの更なる暴力を誘発しやすい
○成人後の反社会的行動/精神疾患
○成人後、自らも体罰を容認するようになる
日本の子供2万9千人の調査によれば、3歳半の頃に親から「おしりをたたく」等の軽い体罰を受けていた子供は、5歳半になると「落ち着いて話を聞けない」「約束を守れない」等の問題行動のリスクが、全く体罰を受けていない子供と比べ、1.5倍ほど高まり、親からの体罰の頻度が高いほど、問題行動のリスクが高くなっている。こうした追跡調査によるコホート研究の結果には謙虚に耳を傾ける必要があろう。体罰の是非について、従来の固定観念やイデオロギーから脱却し、子供への悪影響というエビデンスに基づく科学的知見から根本的に見直す必要があろう。
●「虐待の連鎖」から「感謝と褒め育ての連鎖」への転換
では一体どうすればよいのか。キーワードは、「育自」から「育児」へ、「虐待の連鎖」から「感謝と褒め育ての連鎖」へ、「孤育て」から「共育」への転換を図ることである。親自身がまず心のコップを上に向け、感謝の心で肯定的な言葉がけに徹することである。明和政子教授によれば、「親性」も子供と「共に育つ」ことが、脳科学研究によって明らかになっている。
友田明美教授は昨年度から今年度にかけて、大阪府の豊中市と枚方市で「自治体におけるマルトリートメント予防モデル」の構築に取り組んでいるが、地域社会の力を活用する「共同子育て」の先駆的取り組みとして注目される。
私が上田知事(当時)に提言して実現した埼玉県発達障害者支援プロジェクトでは、1歳半健診時に「楽しい子育てのヒント集・子どもをほめよう」を配布し、子供の行動に注目して、できて当たり前と思っていることでも褒めること、感謝の気持ちを伝えるなど「気持ちが伝わる」褒め方を心掛けること、やり始めた時、やっている最中、終わった時など、段階ごとに褒める回数を増やすこと、子供の年齢や性格、その時の様子などをよく見て、子供が喜ぶ褒め方を増やすこと、などの「褒め方のコツ」の啓発に努めた。
アメリカを中心に1960年代頃から急速に発展した「ペアレント・トレーニング」(ヒトを褒めるスキルを体系的に伸ばしていく子育てプログラム)を埼玉県も取り入れたが、当初は自閉スペクトラム症やADHDなど、発達障害を抱える子供を持つ親に向けたトレーニング法として導入され、今日では広範囲で活用されるようになった。
ペアレント・トレーニングは「親の働きかけ次第で、子供の成長は劇的に変わっていく」という認識に基づくトレーニング法で、「わが子はあれもこれもできない」と否定的に見るのではなく、「今はここまでできている」と、子供の行動をじっくり観察し、肯定的な言葉がけや態度など、子供への「関わり方」を変えていくと、親と子供の脳が変わり行動が変わることが脳科学的に検証された。
●親になるための脳神経回路の発達――「親になるための学び」
最近の脳科学研究によって、女性は母になると脳に劇的な変化が生じ、子育てに必要な能力が高まっていくことが明らかになり、妊娠期から産後にかけて、劇的なホルモンの変動が起き、その影響を受けて、妊娠・出産・養育という経験に十分適応できるように、脳の機能や構造が再構成されていくことが判明している。
大阪医科大学の佐々木綾子教授らの実験によると、未婚の男女でも「養育脳」を育むことは可能であり、乳幼児とスキンシップをするなどの体験を定期的に繰り返すと、乳幼児の泣き声に対する敏感性が高まり、「親になるための脳神経回路が発達」するという。全国に広がっている「親になるための学び」の必要性が、脳科学研究によって明確に裏付けられた。
渡辺京二著『逝きし世の面影』で述べられている江戸時代の日本の子供たちが、世界で最も幸福で笑顔にあふれていたのは、親以外の兄弟や地域社会の大人たちとの「共同養育」のおかげである。
「共同養育」によって多くの人たちと関わりながら育つことは、子供の脳の発達・成長にも良い影響を及ぼし、他者への共感性や社会性も発達することが、脳科学研究によって検証されている。逆に虐待などの精神的トラウマによって、自己制御能力や他者への共感能力と深く関わる「眼窩前頭皮質」が委縮することも分かっている。
埼玉中央青年会議所主催の「パパ&ママ応援! 子育てトークショー」は10月10日に開催され、YouTube配信(10月11日13時~12月27日24時)されるので、是非ご覧いただきたい。以上の論点に加えて、低年齢化する「ネット・ゲーム依存症」に親や社会は何を為すべきかについても熱いトークをする予定である。
(令和2年8月17日)
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