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中山 理 – 終戦記念日に日本人と歴史を振り返る――他者を愛した佐久間勉艇長 その1――

中山 理

モラロジー研究所特任教授

麗澤大学・前学長

麗澤大学大学院特任教授

 

 

●終戦記念日を迎えて

 8月15日、今年も終戦記念日を迎えました。毎年、この日には、先の大戦による戦没者310万人を追悼するため、天皇皇后両陛下の御臨席のもと、「全国戦没者追悼式」が日本武道館で挙行されます。今年は新型コロナウィルスの影響で規模が縮小されるということですが、先の戦争でかけがえない命を失われた多くの方々には、心から畏敬の念を抱くとともに、その御霊への追悼の気持ちを新たにしたいと思います。

 しかし、その一方で、常々とても残念に思うことがあるのです。それは、戦争をした日本軍というと、非合理的な精神論ばかりを振り回していた組織だとか、国のため狂信的に「玉砕」を強いられた兵士集団だとか、非常に偏ったイメージが、令和の時代を迎えた今でも根強くはびこっていることです。

 でも、よく冷静に考えてみれば、どの戦没者も、遺族の方々にとっては、かけがえのない家族の一員でしたし、令和を生きる私たちにとっても、日本という国家共同体の一員でもあった人々です。それぞれ生きる時代は異なりますが、確実にひとつの地平でつながっている同朋の日本人ではないでしょうか。日本兵をひとくくりにして他者集団と見るのではなく、私たちと同じ血が流れる一人の人間として向き合ってみたいのです。

 その関連でお話ししたいのは、先の大戦ではありませんが、一人の日本兵が歴史に刻んだ足跡です。その人は、第6号潜水艇の艇長として、山口県新湊沖で潜航訓練中に艇が故障して沈没し、13名の艇員とともに殉職した佐久間勉という海軍軍人です。彼のストーリーを三部作でお伝えしますので、最後までお付き合いいただければありがたく思います。

 

 

●新聞が伝えた人間像

 佐久間勉は有名な潜水艇の艇長ですが、その名前を初めて耳にする戦後生まれの読者のために、彼が遭遇した潜水艇事故のあらましをごく簡単に説明しておきましょう。

 時は明治43(1910)年4月15日、佐久間を艇長とする14名の乗組員は、第6号潜水艇で潜航訓練を行うため、瀬戸内の新湊沖へと出発しました。しかし、実験航行中、ベテラン乗組員が操縦していたにもかかわらず、突然、通風筒から海水が艇内に流れ込むというアクシデントに見舞われたのです。船体を軽くするためガソリンの排出も行いましたが、うまくゆかず、逆にガソリンが船内に流れ込み、その結果、艇が二度と浮上することはありませんでした。

 万策尽きた艇長は、自分の最後の任務として、手帳に遺書を書き綴ることにしました。その遺書は鉛筆書きで1ページに3行から5行、合計39ページに及ぶもので、この手帳は、後日、艇長の胸ポケットから発見されました。

 沈没した潜水艇のハッチが開かれたのは、事故から2日後のことでした。ちょうどその頃、ヨーロッパの大国、イギリスでも同じような潜水艦事故があったそうです。その時、潜水艦の士官も兵士も我先に助かろうとしたらしく、入口付近に折り重なって亡くなっていました。各自が職務を忘れて争ったためか、その大部分は見苦しく負傷していたと言われています。

 しかし、事故後に引き上げられた佐久間艇長の潜水艦の中に入ってみると、全員絶命という最悪の事態でしたが、どの乗組員も最後まで自己の持ち場を守って任務を忠実に果たし、しかも従容として死に就いていました。その壮烈な光景に涙を流さないものはなく、どの新聞もこぞって佐久間艇長と乗組員の立派な最期を大きく取り上げました。そして感動の連鎖は全国へと波及していったのでした。

 その後、この事件は海外でも話題を呼び、アメリカでは、独立宣言が陳列されている国会議事堂大広間のガラス戸棚に、佐久間の遺書のコピーが英訳付きで公開されたそうですし、イギリスでも海軍の教訓に生かされたといいますから、きっと彼は今でいうグローバルに通じるロール・モデル、あるいはリーダー像だったのでしょう。

〈写真協力:福井県若狭町教育委員会〉

 

(令和2年8月15日)

 

 

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