水野 次郎

水野次郎 – 人と組織の成長を考える ~ 元甲子園球児の道徳感覚

道徳的・探究的キャリア教育を考える⑭

水野次郎

『こどもちゃれんじ』初代編集長

キャリアコンサルタント

モラロジー研究所特任教授

 

●甲子園出場校・元キャプテンによる書『これって意味ありますか?』

 先日、モラロジー研究所の若手管理職から「この本をご存知ですか?」と渡されたのが『これって意味ありますか? とすぐ聞く若手の誉め方・叱り方』(報知新聞社)という風変わりなタイトルの1冊。副題に『甲子園の名将に学ぶ』とあります。実はその前日まで2日ほど、私は著者である安田諒平さんが通っていた、島根県・松江市の大多和学園・開星中学高等学校を初めて訪問していました。帰ってから職場でその話題に触れたところ、「この方の学校ですね」と冒頭の問いかけを受けたというわけです。大多和校長先生から同書の話は聞いており、機会があれば読んでみたいと思っていたところ、間を置かず手にできたのは幸運でした。

 開星高校の名は、元球児の1人であり甲子園ファンの私ももちろん耳にしていた、西日本の野球強豪校です。過去に春夏合わせて13回出場している常連校で、DeNAの梶谷選手や阪神の糸原選手をはじめ、多くのプロ野球選手も輩出してきました。野球以外のスポーツも強く、テニスの錦織圭さんの出身校でもあります(アメリカへの遠征が長く、通学期間は中学まで)。

 安田諒平さんは高校3年生の夏、2011年の大会にキャプテンとして出場。初戦を勝ち上がり、2回戦で優勝した日大三校に8-11で惜敗しましたが、激しい熱戦を繰り広げた経験を持たれています。さらにプロフィールを追えば、安田さんは1年間浪人した後に慶應義塾大学に進学し、硬式野球部に所属。卒業後は大手企業に就職して、2020年は入社4年目にあたります。こうした経歴から、文字通りの文武両道を歩んだ道程が伝わってきますが、一方で数え切れない困難や試練にも巡り合ってきたことでしょう。本書には、その一端が綴られているとともに、ご自身が経験から学んだ教訓がまとめられています。

 

 

●若者が語る“道徳有用論”

 私は読み進めながら、なかなか珍しい色合いの本ではないかと感じていました。なぜかと考えてみると、一つには人生訓が述べられている書としては、著者が若いということ。その背景には、安田さん自身の体験とともに、指導を受けた師の教育観が色濃く反映していることがあります。「強い人材と組織を作ってきたある恩師と教え子の1冊」と表紙カバーに書かれているように、共著と言ってもいいかもしれません。

 そして二つ目の珍しさは、恩師の教育観の根幹をなす「道徳」が強くにじみ出ていて、若い人がその重要性を正面から論じていることです。不明にも、私はこうした性格の書はあまり手にしたことがありません。若手の企業人が書いた本といえば、劇画的な成功談や、時代に即した方法論の指南書といった傾向の本が多いのではないでしょうか。現実社会においても、道徳の大切さを強調する若者に出会う機会は、ほとんど持ちえませんでした。

 本書の構成は5章立てとなっていて、第1章から「若者のリアル」「野球を教えない甲子園の名将」「社会人3年間で見つけた『組織強化論』」「若者ビルディング」「野々村流・人間教育法」と続き、開星高校野球部をモチーフとして、リーダーシップの在り方や組織マネジメント、そして仕事をする上での教訓など持論が展開されます。私が手渡された時には、すでに多くの付箋が貼られていたのですが、さらに私が重ねたために、付箋でびっしりになってしまいました。「誉め方叱り方」「ついていきたい上司像」「勝てるチーム(組織)の条件」「気持ちで負けないこと」「挨拶やゴミ拾い、トイレ掃除」「損得勘定と報恩」「身近な人への奉仕」などの警句とともに書かれた解説は、再び読み返してみたい箴言も多くあります。

 詳しい内容は本書に譲るとして、安田さんが語る教育におけるスポーツの効用は以下の通り。「スポーツの経験はこれから重要度が増していくと思います。なぜなら若いうちに敗北感を味わうことや、想定外の対応や修羅場の準備をする機会が、スポーツ以外ではほとんどないからです。これらの機会はどれも意図的に作れるものではありません。しかしスポーツの世界では必ずと言っていいほど自分の体で感じることができるからです」。

 この言葉に強い説得性を感じるのも、実は私自身、別の書き物で次のような一文を寄せた経験があったのです。中学校と高校に勤務し、部活動における教師と生徒の交流に触れて感じた率直な気持ちを、次のように表しました。

「部活動が日本の少年少女に与えてきた影響の大きさは計り知れません。ある意味では、日本社会の安定を支えている要因の一つではないのか。そのようにも感じていました。つまり、安全と秩序が極めて高い次元で保たれている日本の国がら。その特質を形成する条件の連なりの一つが、部活動文化で培われてきた精神性ではないか」

 部活動に対しては近年、不本意な配置や長時間労働の問題など、とかく負の側面が強調されて論じられがちです。しかしながら現実の学校生活を見ると、部活動で目標を定めて必死に取り組む生徒がいて、教師がその実現に向けて献身的なまでに支援をする。ほとんど毎日、学校で繰り返されている日常を目の当たりにし、こうした表現になりました。とはいえ同じ指導を受けた誰にも、その思いが等しく引き継がれていくわけではないのが、教育の一面的ではないところでもあります。こうして安田さんのような「語り部」が現れ、新しい解釈のもとに次世代のための方法論が創出されていくことでしょう。部活動は日本だけに見られる教育活動でもあり、その効用にも目を向けながら、調和のとれた議論が積み上げられていくことを望みます。

 こうしたわが国独自の精神文化が、実はかなり前の世代から脈々と続いていると感じさせられたのが、最近手にした『江戸の子育て読本』(小泉吉永、2007)という本でした。ここには、次のような一文があります。「(江戸時代には)一定年齢から一定期間加入する『子供組』『若者組』『娘組』などの集団が各地に存在していて、同世代の青少年が集団生活や共同作業を通して教育・訓練される社会教育組織であった」。これを読み、今の部活動の原型が、ここにあったのではないかと感じたのです。中江藤樹は『翁問答』で、15歳以上の子どもの教育には師と友を選ぶことを第一とし、貝原益軒は「よい人に近づける」ことを幼児教育の要としたとも。野々村直通監督と安田さんの師弟関係は、当時の基準に当てはめてみても、理想に近い「ひな型」だったと言えるのかもしれません。

 

 

●失敗を恐れない心性をどう鍛えていくか

 安田さんが本書で書いた主題の一つは、3年間で選手がすっかり入れ替わるチームの力を、野々村監督がどのように維持・強化しているのかということ。たまたま1回、トップに立つ奇跡を起こすという話ではありません。変化の激しい時代における永続性は、企業をはじめ多くの組織における、終わりのない挑戦項目とも言えるでしょう。そしてより良い解答を出すためには、失敗を積み重ねることが避けては通れないということ。「有名な社長起業家やスポーツ選手もみんな失敗から這い上がってきたはずです。味わった敗北感と劣等感が大きければ大きいほど勝利への反動は大きい。だから落ち込むときは徹底して落ち込んで自分の不足を感じればいいと思います」。

 安田さんの心の叫びは、残念ながら今の教育現場では育ちにくい実感があると言います。「今の若者世代が、どうして失敗することや怒られることに怯えているのでしょうか。そしてそこから這い上がるメンタルを備えられていないのでしょうか。それは教育環境に一因があると思います。最近は子供たちが失敗しないように怪我をしないように指導しているのは、昔と違い現在は競争が身近ではないのです。小さい頃からミスをさせないようにさせないようにと、教育の現場はしていました。人のいいところではなく悪いところにばかり目がいくのも、こうした環境と関係があると思います」。現実の社会は競争が当然であるのにかかわらず、あえて競争を避けるように導いてきた風潮にも、安田さんは異を唱えます。後半には、森信三の教場三訓「時を守り」「場を清め」「礼を正す」が引用されています。野々村監督の指導論は、豊富な読書に裏打ちされていたとも言いますが、確かな伝統に支えられつつ、こうした若い人たちの声が、次世代の教育に新しい流れを創り出してほしいと願ってやみません。

 

(令和2年8月6日)

 

 

※道徳サロンでは、ご投稿を募集中! 

道徳サロンへのご投稿フォーム

Related Article

Category

  • 言論人コーナー
  • 西岡 力
  • 髙橋 史朗
  • 西 鋭夫
  • 八木 秀次
  • 山岡 鉄秀
  • 菅野 倖信
  • 水野 次郎
  • 新田 均
  • 川上 和久
  • 生き方・人間関係
  • 職場・仕事
  • 学校・学習
  • 家庭・家族
  • 自然・環境
  • エッセイ
  • 社会貢献

ページトップへ