川上 和久

川上和久 – 新型コロナウイルス感染拡大でなすべきこと②

川上和久

麗澤大学教授

 

【前回のあらすじ】

 世界を席巻した新型コロナウイルス。その災禍は身体のみならず、人々の心にも大きな影響を与えた。

 わが国の歴史を振り返るとき、今においても精神的指針となる“代表的日本人”がいた。その名は――

 (前回の記事は こちら

 

 

●近代合理主義を超克した先に

 上杉鷹山公(1751~1822)の治世では、内村鑑三の言葉を借りれば、「産業改革の目的の中心に、家臣を有徳な人間に育てること」を置いた。農民への教え「伍十組合の令」でも、「互いに怠らずに親切をつくせ」「善を勧め、悪を戒め、倹約を推進し、贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合を作らせる目的である」と有徳を説いている。
 有徳の涵養のため、閉鎖されていた藩校を再興、謙譲の徳を振興する意で「興譲館」と名付けた。自らは一汁一菜を貫き、ひたすら領民の幸福のため、行財政改革、灌漑事業、産業振興、有徳教育の充実に一生を捧げた。武士は民に、自らの食べ物を分け与えてまで民を安んじるという、武士道の一つの昇華された美徳がそこにあった。
「棒杭の商い」もあまりに有名だ。人里離れたところに商品を置き、値札があるが、誰一人盗もうとする者はなく、皆が商品の代金をそこに置いていったという。
 一党独裁でも、過度の自己中心主義に堕した民主主義でも成し得ない理想の仁政がそこにある。わが国は近代合理主義を超克し、新型コロナ禍を乗り越える中で、あらためて「有徳の世」をつくらねばならない。
 私は育鵬社の中学校公民教科書『新しいみんなの公民』で編集座長を務めている。今年度が採択戦となるが、鷹山公の没後二百年近くを経た中でも、その精神を教科書の中に込めさせていただいた。ぜひ「有徳の人材」を数多く世に送り出したいと思っている。

 

 

●「有徳の世」をめざす

 新型コロナ禍の中、友人が少し希望の持てる話をしてくれた。友人が息子にモラルを欠いた利潤追求の非、武士の精神こそが商売には大切、と話したところ、家からトイレットペーパーが九個なくなり、息子に聞いたら「お父さん、当家には備蓄は十分にあるが、地方から来ている大学の同級生で困っている人が三人いたため、実は一人に三個ずつあげたんだよ」と言ったという。
 後日息子の友達のご実家より、丁重な御礼の手紙と返礼品をいただき、かえって恐縮してしまったそうだ。
 今回の騒動に乗じて儲けようとする輩、フェイクニュースを垂れ流す輩、感染の危険がある海外に出かけて感染を拡大させる輩がいる中で、「良貨が悪貨を駆逐する」積み重ねができそうな清々しい話だ。
 私の専門領域は政治心理学で「世論研究」だ。今回の新型コロナ禍は、一党独裁の欺瞞と個人主義のあさましさを如実に見せつけたが、同時に、ピンチはチャンス、近代合理主義の中でわが国がともすれば見失いがちだった、武士道精神の称揚による「有徳の世」が、社会の結びつきや経済効率も活性化させるのではないか、という世論をつくっていく契機をつくりたいと思っている。

 

参考文献  内村鑑三著・鈴木範久訳『代表的日本人』岩波文庫(1995年)

 

(『モラロジー研究所所報』令和2年6月号より)

 

(令和2年7月6日)

 

 

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