言論人コーナー

髙橋史朗 -「子供の味方になる観方」が教育の原点――師道・親道は「鑑と鏡」の関係

髙橋史朗

モラロジー研究所教授

麗澤大学大学院特任教授

 

 

●実生の苗と挿し木による苗の違い ― 不易な根(芯)と流行の断面

 欧米の教育界は1970年代の「自由で個性を伸ばす教育」に決別し、1980年代半ばから「結果に責任を持つ教育」に転換した。しかし、同時期に日本では「新しい学力観」の名の下に、「子供中心」という名目で「指導を排して支援に徹しよう」などと言われたりした。
 中教審教育課程部会長であった梶田隆一氏によれば、こうしたことを当時の文部省の一部の教科調査官が言って歩き、それに付和雷同する教育学者が言って歩き、それをさらに教育委員会の指導主事が学校現場に対してうるさく言い、「先進的な」学校や教師が各地でそうした実践を得々として発表する、という時期があったという。
「子どもの自主性自発性の尊重」という美辞麗句を掲げて「指導を放棄」してしまった一部の浅薄で無責任な「ゆとり教育」に対する反省と是正が行われ、総理の私的諮問機関「教育改革国民会議」によって終止符が打たれ、軌道修正を図る学習指導要領の改訂が行われた。
 河合隼雄文化庁長官が同会議で指摘されたように、「ゆとり」の名の下に学校教育に「たるみ」が広範に現出した過ちを二度と繰り返してはならない。「我々が教育の<再軍備>を始めているのに、なぜ日本では教育の<武装解除>を進めているのか?」と訝しく詰問してきた欧米の教育界の重鎮の言葉を忘れることができない。
 私は当時の国語教科書の問題点を分析した論文を月刊誌に発表したが、読む・書く等の「基礎基本」の内容が3割削減され、「伝える力」等の応用力が3割増えたのは、基礎基本という根や幹を3割削って、応用力という枝葉を3割増やすというグロテスクな樹木を生み出したが、その再来を許してはならない。
 実生の苗は百年を越えて成長するが、挿し木による苗は百年経つ前に暴風雨で倒れてしまう。実生の樹木の芯には核があるが、挿し木は年輪という断面になっていて、芯になる核は失われている。同様に、教育の目的、教科の目的という文化の核・芯である「不易」な根を見失っていないか、時代の「流行」という断面が基盤になっていないかを絶えず吟味しないと、本連載で論じてきたような国語教科書・歴史教科書の問題点に直結しかねない。道徳教育・教科書についてもこの点に十分に留意する必要があろう。

 

 

●道徳教育・家庭教育における「鑑と鏡の関係」

 この教育目的に基づいて、各学校には学校教育目標があり、知徳体に対応した「子供像」が掲げられているが、この知徳体に対応した「教師像」はない。私は松下村塾に学び、東京・埼玉・大阪・福岡で師範塾を立ち上げ、10年以上教師の人間力向上を目指す研修に取り組んできた。
「師道」を説いた吉田松陰は、「師道を興さんとならば、妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし」と述べている。
「師」に第一に求められるものは「模範」を示す「師範力」といえる。しかし、「模範」を日常的に持続することは難しく、「志(武士の心)」に立脚した「率先垂範」を日常化していく勇気と「礼に基づく自己抑制と他者への思いやり」すなわち「仁」が求められる。しかし、「言うは易く、行うは難し」である。
 親にも「師範力」が求められ、「親は子の鑑」であるとともに、「子は親の鏡」とも言われる。これに倣えば、「教師は児童生徒の鑑」であり、「児童生徒は教師の鏡」といえる。とりわけ道徳教育・家庭教育では、この「鑑と鏡の関係」が重要である。
 司馬遼太郎は「武士道」を実行した鎌倉武士の特徴として、「たのもしさ」を挙げ、「①自分に厳しく、②他人に優しく、③思いやり」があると指摘しているが、これこそ「鑑と鏡の関係」を明示した「師道」「親道」につながるのではないか。
 ちなみに、廣池幹堂・モラロジー研究所理事長は新著『国家と道徳』において、『武士道』の著者・新渡戸稲造の生涯は「日本人の生き方の見本」であり、「『武士=軍国主義』という短絡な見立てで切り捨ててしまったことは、戦後教育の大いなる過ちであった」と指摘されている。

 

 

●宮本武蔵「観の目つよく、見の目よはく」

 宮本武蔵は『五輪書・水の巻』において、「観の目つよく、見の目よはく、遠き所を知かく見、近き所を遠く見る事、兵法の専也」と説いたが、その意味が腑に落ちたのは、東京学芸大学附属養護学校の先生と精神薄弱児とのかかわりに触れた時であった。
 私は大学卒業後、この養護学校で半年間この先生から1日中徹底的に学んだことが「教育の原点」となり、特別支援教育こそが教育の原点だという確信の下に、30年以上大学のゼミ合宿は、滋賀県にある重度の障碍者施設(止揚学園)訪問を中心に行ってきた。
 この施設の子と小学生に「雪が解けたら何になる?」と質問したら、小学生は「水になる」と答え、施設の子は「春になる」と答えたエピソードは朝日新聞の「天声人語」に紹介された。頭で分かる冷たい客観的知識と心で実感する温かい「心の真実」の違いといえる。
 水不足の季節に雨が降って来た時、庭に飛び出て空に向かって、「よい天気、ありがとう」と叫んだ子に、「雨が降ったら、悪い天気や」と先生が窘めると、その子は「みんな喜んでいる。だからありがとうや」と答えた。鯉のぼりを左右に何匹も画いた絵を見た先生が、その理由を尋ねると、「友だちたくさん、うれしい」と答えたという。
 前述した精神薄弱児は小学校5年生で精神年齢は2・3歳と言われ、背中には女の子なのに獣のような長い毛がはえ、目脂が一杯で鼻は垂れ流したままであった。先生が菊のさし芽をしているのを見ながら、次々にそのさし芽を抜き取り、根を上にして植えていった。驚いた先生は「根を張らないうちに抜いてしまうと、枯れてしまって花が咲かないんだよ」と諭したが、納得させることができなかった。
 さしては抜かれる日々が4日続き、5日目には抜かなくなった。このことについて先生は次のように説明した。「さし芽を抜く」行為は「見の目」で見れば、「問題行動」に見えるが、「観の目」で見れば、子供の内面は切実な探求心・学習意欲である。この子の価値的な感情に共感し、「子供の『味方』になる見方」を持つことが教育の原点といえる。まさに「遠き所を近く見、近き所を遠く見る」という言葉の通りである。

 

 

●不運の持つ凄まじいエネルギーをわがものとせよ!

 脳神経学者の松本元氏は、「“失敗”や“挫折”を通してのみ、独創的な新しい考えや創造的な物が作り出される」「容易に達せられない目標としての夢を設定し、その夢の達成に至るステップを一つ一つ実現することで人は成長する。最も上位の目標を何に設定するかが我々の人生を決定する。自ら設定した目標に取り組んでいる時、脳は活性化し至福感があるように仕組まれている」と指摘している。
 また、曽野綾子氏は、「不運を認め、その不運を、いかに人生で意味あるものにすることができるか、を考える時に初めて人間は個性的な人生を創造し、陰影深い生涯を送るようになる。しかし不運が誰かのせいで、その人に責任を押し付けている限り、不運の持つ凄まじいエネルギーをわがものとすることは不可能なのである」と述べている。
 WGIP(拙著『WGIPと「歴史戦」』 参照)を陣頭指揮したブラッドフォード・スミスは、1942年の論文で、古事記の国生み神話の残酷な物語に象徴される病的な日本の精神伝統が南京虐殺や侵略戦争の根源だと批判したが、古事記神話がなぜ国生みの失敗談から始まっているのかについては、「臨床の知」(中村雄二郎『臨床の知とは何か』岩波新書、参照)すなわち「神話の知」で洞察する必要がある。
 東京工大のロボット工学の権威である森政弘教授の「自在研究所」の机は全て勾玉の形をしていたので、その理由を尋ねると、「成り合わざるところに成り余れるものをさしふたぎて国生みする」という「神話の知」の象徴が勾玉の形で、「科学の知(識)」と「神話の知(恵)」の両方が必要だと説明された。
 国生みに失敗(=マイナスと見える問題行動)しても、イザナギノミコトとイザナミノミコトはお互いを責めず、天つ神のもとに行き、国生みの目的と方法を「神話の知」に立ち返って問い直し、心を正してプラス思考でやり直した。その後、黄泉の国に逃げたイザナミノミコトが「1日に千人殺しましょう」と言うと、「1日に千五百の産屋を立てましょう」と返答した。「私も千人殺す」とやり返さず、「千五百人産む」と「心のコップ」を上に向けるプラス思考で創造的に対応するのが「神話の知(恵)」である点に注目する必要があろう。
 今日のコロナウイルス汚染に対しても、責任追及ではなく、「不運が持っている凄まじいエネルギーをわがもの」とすべく、神話に秘められた日本の精神伝統を創造的に再発見して、「鑑と鏡の関係」を取り戻す飛躍台にしていこうではありませんか。「自粛」を強いられているとマイナス的に捉えるのではなく、戦後の日本人が見失ってしまった「自分に厳しく、他人に優しく、思いやり」のある「たのもしい」生き方の原点を取り戻す好機と捉えたい。

 

(令和2年6月8日)

 

 

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