水野 次郎

水野次郎 – 新型コロナウイルスが、子供の教育で明らかにしたこと

道徳的・探究的キャリア教育を考える⑦

水野次郎

『こどもちゃれんじ』初代編集長

キャリアコンサルタント

モラロジー研究所特任教授

 

●オンライン授業は「学力格差」解消の救世主なのか?

 新型コロナウイルスの影響で、3月2日から学校活動が制限されて2か月余り。5月中旬になり、ようやく各所で再開する自治体が現われ始めました。学校活動は子供の教育に限らず、保護者や学校を支える方々の暮らしにも深くかかわるので、まずは再開に胸をなでおろしている方も多いことでしょう。その一方で、二つの教育課題についての意見交換が熱を帯び、これから国民的な議論に発展していくことが予想されます。一つは年度の切り替え時期について。そしてもう一つはオンライン授業を代表とした教育のデジタル化です。前者は企業や役所をはじめ、国全体の仕組みに関わることでもあり、多方面から意見百出になるに違いありません。賛否それぞれ主張する材料は多く、成り行きを注目するばかりです。
 本稿ではオンライン授業と、教育のデジタル化の問題について、少し触れてみたいと思います。たとえば、あるサイトで次のような記述を目にしました。すなわち「学校がいつ再開するかわからない中、子どもの学力について保護者たちの不安が増大している。このまま学力格差が広がるばかりであり、ではどうしたらいいのか?  実は、答えはすでに明らかになっている。それはオンライン授業だ(東洋経済ONLINE・4月9日)」。マスコミやインターネットなど、これに近い論調はさまざまなメディアで目にいたします。
 実際に大学をはじめとして、公立私立を問わず小学校から高校まで、オンラインによる授業の実施がされています。最近では、次のような調査結果が5月7日に公表されました。「休校中のオンライン授業への対応率は、高校で14%、大学でも46%にとどまる( LINEリサーチ)」。今後、こうした数字が伸びていく一方であることは疑いないのですが、ではオンライン授業の環境が整えば、先のサイトで提起された「学力格差」が埋められるのかというと、それほど単純ではありません。理由として、学習者の動機に対する働きかけが、教育では最も重要だからです。では目的として示された「学力格差を埋める」ことに対して、「子ども自身が埋めたい」と思うのは、どのような時でしょうか。つまり、子ども自身が学力格差という気づきをどのように得て、それをなぜ埋めたいと思うのか。ここに論理的な筋道をつけることであり、子どもに気づきやショックがなければ、動機は生まれてきません。
 仮に学力格差を脇に置いたとして、オンラインで優良なコンテンツが提供されることは、動機を創り出す一つの要素ではあるでしょう。しかしながら今、小学生や中学生に対する良質のコンテンツは、ネットで数多く供給されています。実際に私は最近、職場で小学校低学年の子どもに対して学習のお手伝いをしているのですが、インターネット経由で数々の教材を入手してきました。文科省の応援サイト、NHKフォースクール、各教育委員会や民間教育機関のサービスといった具合に、動画やプリント類のコンテンツは豊富に供給されています。さらに私自身が中学校と高校で勤務していた時代を思い返すと、MOOCs(ムークス ※)を活用して海外のトップ大学の講義を視聴する高校生もいました。ことほど左様に、高度な知識をたやすく入手できる一方で、ほとんどゲームと動画視聴に限られる生徒も少なくなかったのが現実です。このように高校生でもその格差は大きく、いわんや小中学生を考えると、自主的にオンライン学習に向かう生徒はどれほどいるでしょうか。もちろん授業として、出席を取る仕組みが組み込まれれば、強制力が出る効果があるのは言うまでもありませんが。

 

※MOOCs(ムークス)
 世界のトップと呼ばれる大学がオンライン学習講座を提供している教育プラットフォーム。普及の先駆けともなった「Coursera(コーセラ)」と「カーン・アカデミー」は世界中に多くの受講者がいて、日本語で学べる仕組みもある。ただいろいろな調査を見ると、目的をもって入学をする通信制の大学やオンラインスクールでも、卒業率はかなり低い数字に留まっているようだ(調査対象と方法が多岐にわたり、集約された数字は得にくいが、低い機関で数%。一般的には50%以下のようである)。

 

 

●憂慮すべきは、学びの意欲を増幅させる機会の喪失

 つまるところ、保護者の悩みというのは、インターネットが使える環境にあっても、ゲームに興じていたり、学びに使う気配を見せないことではないでしょうか。少なくとも学習コンテンツに不足して、困っているとは考えにくいです。したがって現代の子どもたち、とくに今回のように学校へ行けなくなった子どもが直面している危機の本質を明らかにしていくと、「学習意欲格差」「学習習慣格差」に行き当たります。学ぶ内容以前に、意欲と習慣のところで保護者も学校の先生方も、悩みと心配が尽きないことでしょう。定期的に顔を合わせて、課題の取り組み状況を確認する。仲間同士で励まし合いをさせる。中には落ち着いて勉強に取り組む部屋がない子には、自習室を用意してあげることも必要かもしれません。それ以前に、栄養源となっていた給食を提供してあげる。せめて体育の授業だけでも実施してみる。まずはお腹が満たされ、心身の健康が確保されなければ、学習意欲も起きないでしょうから。おそらくオンライン授業の整備以前のところで、学力格差は進行していくと思われますし、そもそも塾に通って維持をしている子どももいるわけで、この差異も格差を生む大きな要因につながっています。
 今回の新型コロナ問題に伴い、改めて子どもの成長に関して憂慮すべきは、学びに向かわせるために人と関わる機会が断たれてしまったこと。それゆえ、遠隔学習の仕組みの有無を論ずるとともに、いかに現実の人との関わりを作ってあげる工夫をするか。そこに、先生方や周囲の大人が努力を傾け、実現させることが、同等以上に必要だと思います。オンライン授業という一足跳びの発想だけでは、インターネットを使える環境にある家庭とそうでない家庭。オンライン授業になじむ子とそうでない子の間に、ますます格差が生まれる懸念が生じます。現代は人との関わりを好まない人たちが増えていて「回避型人類」(岡田尊司)という言葉を口にする専門家も現われてきました。ですからオンラインだけの方が好都合という子どももいるでしょうが、圧倒的多数の子どもが必要とするのは、学校という場であり他者との関わりです。
 学校は子どもたちの学習意欲の増幅装置であり、先生方が背負ってきた関わりの大きさは、この学校休業期間中に明確に示されました。だからこそ、オンラインででもメッセージを伝えることに、意義があるのだと思います。しかし学習意欲の格差、学習習慣の格差に目を向けて、子どもに危機のサインが出た時に、現実世界で働きかけられる仕組みがなければ救われません。厳しい環境の中、地域によっては半ボランティアで、学童がその役割の一端を負っている話を耳にします。しかしそうした善意の担い手だけではなく、制度としてしっかりと子ども支えること。そうした世論を形成することが今、求められているのではないでしょうか。今回だけでなく、第二波、第三波が来るかもしれないと言われているので、オンライン授業の整備を声高にするだけでなく、具体的な対応策を皆で作り上げていかなければならないことを強く感じています。

 

※数ある無料デジタルコンテンツの中で、代表的な「NHKフォースクール」には小学生から高校生に向け、学年別に充実した動画教材のラインアップが用意されています。道徳も、小中学校の先生に評判が良い内容が多くあります。
https://www.nhk.or.jp/school/program/

 

※さらに道徳に近い分野では、小学校3~4年生に向けて、Eテレで放送された『こども哲学』の動画アーカイブも用意されています。
https://www.nhk.or.jp/sougou/q/

 

(令和2年5月15日)

 

 

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