水野次郎 – 「新しい価値」の創造者へ
道徳的・探究的キャリア教育を考える④
水野次郎
『こどもちゃれんじ』初代編集長
キャリアコンサルタント
モラロジー研究所特任教授
●「指導をする側」としての願い
キャリア教育は、次世代の若い人たちに対する願いの向け方によって、授業の内容と展開方法が大きく変わってくると思います。私自身はこれまで小中学生から高校生、さらに大学生まで、さまざまなキャリア支援の講話を行う中で、対象に関わらず「新しい価値の創造を」という率直な気持ちを語りかけてきました。一人でも多くの人が、「社会に新しい価値を生むために」との視点を持って、学びを重ねてほしいと願うからです。
仕事にはいろいろな側面があり、一つの性格づけとして「新しい価値を生む仕事」と「作られた価値を守る仕事」に大別できると考えています。時には「作られた価値を破壊する仕事」もありますが、これは「新しい価値」につながる段階と考えてよいでしょう。こうした色分けは職種によってなされるのではなく、一見すれば「価値を守る仕事」に思える公務やマニュアル中心の業務にも、「新しい価値づくり」が求められる場面が少なくありません。たとえば学校現場の仕事も、10年前と今ではずいぶん変わってきているのではないでしょうか。当然ながら日々、どこかで、誰かが、新しい価値を作っているからこそ、仕事の内容が進化をしているわけです。とりわけ変化のスピードが速く、商品・サービスの受益者の期待が目まぐるしく変わっていく現代のこと。「価値を守る人」が社会を安定させることは言うまでもないのですが、一方で「新しい価値づくり」が多くの組織で課題になり、構成員はアイデアの創出を強いられ続けます。その要求が、厳しく個人にのしかかっていることも、現代を特徴づける「ストレス社会」を作っている要因の一つと言えるでしょう。それゆえ心構えとしても、発想の訓練という意味でも、「新しい価値づくり」はキャリア教育の重要な主題になると考えるのです。
●「新しい価値の創造」を幼児向け雑誌で考える
私は幼児雑誌の創刊を通して、「新しい価値づくり」に向き合い、30余年の時を経たごく最近、朝日新聞から初代編集長として取材を受けました(2018年10月8日夕刊「しまじろう 子に寄り添い30年」デジタル版)。夕刊紙文化欄の1面を飾った記事には『こどもちゃれんじ』(1988年創刊)のキャラクターが、なぜ長年にわたり支持を受けてきたか、という記者の分析が綴られています。3時間以上にわたる丁寧な取材の末、私自身の回想は「しまじろうの原点は、詰め込み教育への反発だった。子どもと一緒に考える伴走者のような存在に」という言葉に凝縮されました。この一文は私が最も伝えたかった創業メンバーの思いであり、記者の誠実な取材姿勢を感じた次第です。同誌の基本的な考え方の一端は、発行社であるベネッセコーポレーションのホームページにも、監修者・内田伸子お茶の水女子大学名誉教授の講演録として引用されているので、ご参照ください(幼児の「遊びと学び」プロジェクト)。
改めて当時を振り返った時、雑誌創刊は社会への「新しい価値づくり」であり、道徳的・探究的キャリア教育に、格好の教材になりうると考えています。とくに若い人たちにとって馴染みが深く、理解のしやすさを考えると、なかなか得難い材料ではないでしょうか。仕事を体験していない人たちに対して、理念や概念だけでは、仕事の意義といったことなど簡単に伝わりません。具体的な状況を示し、疑似体験させることは効果的な手法の一つです。ですから、時には「自分だったらどうするか?」という課題設定をしたワークも交えながら、雑誌を通した「新しい価値づくり」をキャリア教育に活用してきました。
この時、受講する人たちに考えてもらうための枠組みが道徳的であり、探究的であることが大切だと考えています。つまり、「新しい価値づくり」を進めるにあたり、ただ単に作り手と受け手だけではない。消費財が使われ、社会に普及していった時に、どのような影響をもたらしていくのか。児童、生徒、学生の発達段階に応じて、その想像力を回転させていくことが不可欠と考えるのです。近代社会が発展・成熟してきた経緯の中、「持続可能な社会」(1992年・国連地球サミット。言葉の初出は1980年)であったり「SDGs」(2015年・国連サミット持続可能な17の開発目標)という考え方が生まれてきました。今や、自社の利益だけを考えて、企業活動が営まれているわけではないことは、若い人にも理解されていることでしょう。とはいえ、私が教育現場にいた時のこと(2008年~2018年)、教育関係者から「企業は結局のところ利益でしょう」と断じられたりしました。実際に、社会への悪影響を放置したまま、収益を確保している企業が少なくないのも現実です。しかしながら次世代の人たちに対するキャリア教育としては、利他性や社会貢献の視点から、目を逸らすことはできません。利他的な立ち位置こそ、普遍的かつ保持すべき価値ではないでしょうか。そこに説得性を持たせる手法の一つとして、次回以降は幼児雑誌をモチーフに問題を掘り下げてまいります。
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