新田 均

新田 均 – 皇位継承の伝統 ①

皇學館大学現代日本社会学部 教授

新 田 均

 

はじめに

 古くから日本の社会で受け継がれてきたものー「世襲」されるものーは大雑把に言って二つあります。一つは、「祖先祭祀」、もう一つは「財産・職業」です。この二つの継承原理は異なります。祖先祭祀は「氏」という父系(男系)を団結の核とする集団によって受け継がれます。財産・職業は「家」という夫婦を団結の核とする集団によって受け継がれます。
 そして、前者の継承原理が純粋な形で続いているのは、皇室と出雲国造のみです。そして、国家との関係を有するのは皇室だけです。ここに皇位継承の最終的な拠り所があります。

 

1.「女性差別」いう錯覚

 そこで、予め、父系(男系)継承についての錯覚を正しておきたいと思います。それは「皇統に属する男系の男子のみにしか皇位継承を認めないのは女性差別だ」という議論です。これは「男子」という言葉にひっかかって、その前にある「皇統に属する男系の」という重大な制限を見落とすところから来ている錯覚です。
 たしかに、女性は誰も天皇になれないのに、男性なら誰でも天皇になれるというのなら、女性差別と言われても仕方ないでしょう。2016年の国連の人口データによれば、全世界で 女性は約37億249万人、男性の方がやや多くて約37億6715万人だそうです。この37億6715万人の男性の内、天皇になれる資格を持っているのは秋篠宮殿下、悠仁殿下、常陸宮殿下のお三方だけです。これでは、皇統に属さない男性にとって、男系継承は特権でも何でもありません。
 これに対して、全世界の37億249万人の女性には、男性にはない特権が与えられています。国籍に関係なく、全女性は、結婚によって日本の皇族になれます。天皇の母にもなれます。場合によっては、摂政にもなれます。しかし、皇統に属する3人以外の全男性は、たとえ日本人であっても、皇族女性と結婚したところで皇族になれません。天皇の父にもなれません。決して摂政にはなれません。
 全女性に認められている特権が、男性には一切認められていない。この現実を見れば、皇室から排除されているのは男性の方です。女性はむしろ歓迎されている。この「男性排除」の理由は何なのか。それを知ることこそ、皇統の本質と、その守るということはどういうことなのかを理解する最大のポイントです。

 

2.母系(女系)という観念は存在しない

 それでは、「皇統に属する男系」とは、そもそも何なのでしょうか。結論を予め申し上げれば、「血筋・血統」についての日本の本来の考え方に則れば、本人が男性であるか女性であるかに関係なく、「血筋・血統」とは、自分の父親、その父親、そのまた父親と先祖を遡っていく父系、ちち系、のことです。「女系天皇」という言葉で誤解が広がってしまったのは誠に残念ですが、母親をたどっていく母系という「血筋・血統」というもの本来存在しません。様々な父系、ちち系があるだけなのです。大切な点なので繰り返しますが、世の中に男女の別は存在しますが、女系というものは存在しません。皇統とは異なる様々な父系、ちち系、(男系)があるだけです。この原則に則って、皇室典範は、女性皇族との結婚を通じて、皇統とは別の父系に皇位が移り、初代の神武天皇以来の父系(皇統)が断絶してしまうことを防ごうとしているわけです。

 

3.二つの世襲観

 改めて憲法を見てみましょう。日本国憲法の第2条は「皇位は、世襲のものであって、国会が議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」となっています。この憲法のいう「世襲」の意味を、皇室典範は第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と説明しています。つまり、「世襲」とは「皇統」の継続とは、父系(男系)に属する男子による継承のことだというのです。

 

 しかし、これは一般国民の常識とは違っています。一般国民の常識を代表すると思われる辞書の『広辞苑』では、「世襲」を「その家の地位・財産・職業などを嫡系の子孫が代々うけつぐこと」と説明しています。つまり、結婚している父母から生まれた子が受け継ぐのであれば、男が継いでも女が継いでも、それを「世襲」と考えるのが一般常識なのです。令和元年5月11-12日の産経・FNNの調査結果では、女系天皇 賛成64.2% 反対21.4%、 女性宮家 賛成64.4% 反対16.3%、 女性天皇 賛成78.3% 反対13.1%でしたが、これは、そのような国民の常識を反映したものでしょう。

 

 ここまでの議論を整理しますと、皇位は、血のつながり(血筋・血統・世襲)によって受け継がれるべきだとの考えは、共通しているものの、その「血のつながり」「世襲」の中身については、二つの考えが存在しているということです。
 1つは、皇室典範が寄って立っている考え方で、「父系(男系)」のみを血のつながり(血筋・血統・世襲)だとするものです。もう一つは、一般国民が寄って立っている考え方で、父母から生まれた実子が継ぐのであれば、男が継いでも女が継いでも、血はつながっている、それでも家は続いているという考え方です。次に詳しく説明しますが、前者は「氏」という観念に則っており、後者は「家」という観念に則っています。

 

4.「氏」の世襲観

 古代の日本では、世襲は、本人が男性であるか女性であるかにかかわらず、父親→父親→父親と遡っていって共通の始祖につながる父系での継承を意味し、同一の父系に属する人々を仲間・同族と捉えていました。この父系を英語では、Father’s LineageあるいはFather’s Lineといい、東アジアでは「氏」といいます。
 同じ父系に属する一族を、他の父系に属する一族と区別するために、東アジアで用いられた名称を「姓」と言います。この古代感覚を今に伝えているのが中国人や韓国人の姓です。姓は父系の継続を表わす名称ですから、結婚しても変わりません。結婚しても実の父親は変わらず、血筋も変わらないからです。そのため、中国人や韓国人は夫婦別姓なわけです。

 

 この氏の観念は古代の日本でも共通でした。代表的な姓は「源・平・藤・橘」で、源の頼朝、平の清盛、藤原の道長といった「の」が付く呼び名がそれです。この観念が結婚後も変化しなかったことは、臣下で初めて皇后となった光明子が、皇后になってから16年たっても自らの文書に「藤三娘」(藤原氏の三番目の娘)と署名し、「積善藤家」(藤原氏のために善を積む)の印を用いていたことからも窺えます。
 イギリスでも「子は父の家に属する」という原則があって、女王の子や国王の娘の子孫が即位すると父方に家名が変わって来ました。

 

 それでは、この父系によって何が受け継がれるかといいますと、それは祖先神や奉祭神を祀る「祭り主の地位」です。言い換えれば、「祭り主の地位」は、父系でしか受け継げないというのが古代的な観念なのです。この観念を示す興味深い物語が『古事記』と『日本書記』の両方に記録されています。『日本書紀』によれば次のような話です。
 第10代崇神天皇の時代に災害が続いたので、それを鎮めるために占いをしたところ、倭迹迹日百襲姫命〈やまとととひももそひめのみこと〉に大物主神〈おおものぬしのかみ〉が乗り移って自分を祀るように言った。そのお告げにしたがって崇神天皇ご自身が祭祀を執り行ったが一向に効き目がなかった。そこでもう一度祈ったところ、崇神天皇の夢に大物主神が現れて、大田田根子〈おおたたねこ〉に自分を祀らせるように告げた。それにしたがって全国に触れを出すと大田田根子が見つかり、大物主神の子孫であることが分かった。そこで大田田根子に祀らせると災害は治まり、五穀が豊かに実った。こういう物語です。
 ここから古代のどういう観念が分かるかと言うと、祭祀が神に通じるためには、祭り主は祭神と父系で結ばれていなければならないということです。たとえ、天皇が祈っても父系で繋がっていなければダメなのです。
 これが皇室典範が依拠している「氏」の世襲観です。

「皇位継承の伝統 ②」につづく)

 

 

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