高橋 史朗

髙橋史朗 8 – 家庭科教育の在り方を抜本的に見直すべし

髙橋史朗

モラロジー研究所教授

麗澤大学大学院特任教授

 

 

●家族の基本と多様性

 国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の教育問題分科会の主査として、高校家庭科教科書の実態調査をして、「家族観」の変化に驚いた。平成8年の同教科書の検定では、4点が不合格になり、不合格本の6~8割、合格本の3割に検定意見が付くという厳しいものであった。
 不合格本の具体的記述を調べてみると、「『家族』と意識する人の範囲は固定的なものではなく、個人によって、時代によって、また国や地域によっても異なる」など、家族の定義を避けて多様性を強調した記述が問題視された。
 血縁を超えた共同体や別居結婚、別居夫婦、事実婚や婚姻届けをせずに子供を産むなど法律軽視の内容に検定意見が付き、その理由として、「家庭生活は、夫婦と子供という家族構成を基本としている。多様な家族像を先に扱うのは主客転倒で、指導要領の趣旨に沿えば検定意見を付けざるを得ない」と書かれていた。
 ところが、平成11年の男女共同参画社会基本法の成立に伴って、検定の基本方針が一変し、家族の個別性(人によって違う)、多様性が強調され、「唯一の理想的な家庭像の追求は避けるべきである」と明記されるようになった。
「結婚して子供を持つ」という「従来の家族イメージとはまったく異なる性的マイノリティと呼ばれる同性愛者やインターセックス、性同一性障害者の存在とその人権にも光が当てられるようになった」と記述し、「結婚しなくともよい、子供を持たなくてもよい」と強調されるようになった。

 

●「徹底平等家族の家」と「桃から生まれた桃子ちゃん」

 旧民法と現民法を比較し、「戦前の家制度は、結婚は夫の家の存続のためのもので、夫婦は不平等であったが、戦後は、結婚とは個人的な、男女2人の愛と意思の問題」になり、次のように「家族の個人化」「家から個人へ」「自己選択・自己決定」が強調されるようになった。
「現代の社会では、家族生活が個人によって選択されるライフスタイルになりつつある。このような変化を『家族の個人化』という。現代人にとって『だれを家族と考えるか』には、多様な答えがある。動物や物を家族の一員としてイメージする人もいる。結婚するかどうか、いつ結婚するか、子供を持つかどうかなどのことを、本人が選択して決める場合が多い。家族は個人が選択するライフスタイルの一つになってきている」
 NHKテレビの高校講座『家庭総合』には、「徹底平等家族の家」の図が掲載され、家族共通の玄関はなく、子供は外から個室に入り、真ん中にある家族室に入れるが、家族は子供の個室には入れないので、個人が「家族から自立」した家庭と説明されていた。家長(父)、長男、次男という伝統的な家族の縦の秩序を否定するのが狙いといえる。

 

 

 また、「夫婦関係」については、次のように書かれている。
「愛情や信頼という情緒的な要素が重視されることは、現代の夫婦関係に不安定さをもたらしている。また、日本社会に根強い『男は仕事、女は家事・育児』という性別役割分業観や男性優位の考え方のために、対等な夫婦関係を形成できない場合もある。ドメスティック・バイオレンスなどの今日的問題になっている現象は、不均衡な力関係が反映されていると考えることもできる」
 昔話の根底にある男女の固定的役割分担意識を打破するために、「桃から生まれた桃子ちゃん」という教材が教科書に登場し、お爺さんは川へ洗濯に、お婆さんは山へ芝刈りに、と逆転してしまった。男らしさ、女らしさを否定する教科書が約半数を占め、「専業主婦として日中子供と過ごす母親の中には、生きがいは子供だけになり、一方で孤立感やいら立ちを募らせる人もいる。子供も友達関係が築けなくなる」と断定する教科書もある。

 

 

 教師用指導書にはその思想的背景が散見されるが、家族制度は男が女を支配する奴隷制度であり、結婚は男の女に対する性支配の制度と捉えるエンゲルス(ドイツの社会思想家)の『家族・私有財産・国家の起源』に代表されるマルクス主義、非常に極端なジェンダーフリー思想に立脚している。
 自民党が「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査PT」(安倍晋三座長・山谷えり子事務局長)を立ち上げて全国の3500件の事例を集めたのは、こうした背景があったからである。詳しくは、拙著『間違いだらけの急進的性教育』(黎明書房)『これで子供は本当に育つのか―過激な性教育とジェンダー・フリーの実態』(MOKU出版)を参照されたい。

 

●独身・非婚のすすめ?

 さらに、ある教科書には「独身生活の利点」として、「行動や生き方が自由」「金銭的に裕福」「家族扶養の責任がなく気楽」「広い友人関係を保ちやすい」「異性との交際が自由」「住環境の選択幅が広い」等を列挙している。
 また、「日本の婚姻とフランスの『PACS』」と題するコラムで、次のように詳述している。
 「フランスでは暮らし方の多様性を反映して、婚姻関係にかかわらず長く一緒にパートナー関係を築きあげてきた共同生活者に、法律で婚姻関係と同様の権利を認めている。1999年に成立した『市民連帯協約(PACS)法』では、契約(PACS)を結ぶ共同生活者が財産を共有したり、遺言などによって相続したりするときには、届を出した婚姻(法律婚)と同様に扱われる。社会保障制度の権利についても、一部を利用することができる。また、フランス以外にもヨーロッパでは、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、オランダなどの国々が、非結婚の生活者などを法的に認めている」
 なぜ家庭科教科書でこのような外国の「非結婚の共同生活」や「独身生活の利点」を強調する必要があるのであろうか。1990年代から我が国の家庭科教科書は結婚や子供を持つことについて「自己選択・自己決定」を強調してきたが、36歳頃から妊娠力が低下する科学的事実を教えてこなかった。ある調査によれば、イギリスやカナダでは7~8割の若者がこの事実を理解しているが、日本の若者の理解率は3割以下であった。
 現代の若者の4割近くが結婚や恋愛を面倒くさいと考えており、「独身にとどまっている最大の理由」は、「必要性を感じない」(18~24歳の女性の45%、同男性の36%)からであるという。家庭科教科書の影響も軽視できないと思われる。
 脳科学研究によって「親性」も子供とともに育つことが明らかになっている。未婚化、晩婚化、非婚化を克服する少子化対策として家庭科教育の在り方を根本的に見直し、中高生が赤ちゃんと触れ合う「赤ちゃんプロジェクト」を全国に広げ、赤ちゃんとのふれあい体験なども含めて、結婚や出産、家族を持つことに夢が持てるようなライフデザイン教育、「親になるための準備教育」に力を入れる必要があるのではないか。

 

 

 

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