西 鋭夫

西鋭夫のアメリカ通信6 失われた日本人の気品

西 鋭夫

スタンフォード大学フーヴァー研究所 小川忠洋フェロー

モラロジー研究所 特任教授

 

●日本の若者は自国に誇りを持っているのか

 世界第3位の経済大国日本は、弱肉強食で戦火終わりなき世界の真っ只中で、独自の国益を押し出せるのか。
 日本は米国に追従し、次から次へと戦争を続けるアメリカ帝國に軍資金を出しているが、感謝もされず、尊敬もされず、日本の存在まで無視されている。小さなアジア諸国も世界大国の真似をするかのように、日本に「謝罪と金を出せ」と恐喝する。
 日本の若者は、この日本を誇りに思うのか。日本人拉致を知りながら40年間も無視できる国家に「愛国心」を持て、と若者たちに言えるのか。
 個人を守らない、守れない国は、国も守れない。
「All for one, One for all」は、日本国民も世界の人たちもよく知っている生き残るためのスローガンだ。
 世界的に有名だった日本人の勇気と律儀は、消えていったのか。戦後日本が「お金」という富の象徴をかき集めている間に、勇気と律儀は邪魔になったのだろう。
 いや、日本人は勇気と律儀を失ったのではない。個人の品性、国の気位にとってかけがえのない勇気と律儀は、日本精神文化の清らかな底流に流れており、日本社会の温かい「芯」の中に生きている。「国の歩み」と呼ばれる我々の追憶に文化遺伝子があるように、日本人が大切にしてきた勇気と律儀さは、我々の血の中に、精神の中に流れている。

 

●日本を偉大な国として成長させるために

 人は、教えられなくとも本能で勇敢さを知っている。腐敗を見て、怒りを感じる。不正を見て、正義を感じる。不正と正義の狭間に薄い膜があり、我々はその膜の存在を知っている。その膜を破り不正に立ち向かう行動を勇気と言う。その勇気の中で律儀さが生まれるのだ。
 不正と知りつつも知らぬ振りをして、なにもしないことを臆病という。だが、臆病な群衆の中に隠れていると、自分は何もしなくても安全だと錯覚する。下を向いて「我関せず」と決め込んで、悪い奴が他の場所へ移ってくれると祈っている。悪い奴はその群衆の中にもいるので、社会全体が悪行に冒されてゆき、私たちは犯罪の多い危険な暮らしをしなければならなくなる。「我関せず」の人も犠牲者となり、誰も助けてくれない。
 勇気と律儀に支えられた行動は、我々の心に感動とときめきを育んでくれる。その勇気と感動が日本を偉大な国として成長させ、日本文化のルネッサンスをもたらし、若者たちの心に夢とロマンをかき立てる。勇気は「気位」である。品性とは、勇気の心構えである。気位と品性は、個人の顔にも国の姿にも現れる。そして、世界はそれを「日本人の誇り」と呼ぶ。

 

 

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