髙橋史朗 4 – 教師いじめの根因は情動知性の欠落――教員養成・研修の根本的改革を!
髙橋史朗
モラロジー研究所教授
麗澤大学大学院特任教授
●「情動知性」に欠ける教師
マスコミが取り上げている教師のいじめ事件は氷山の一角に過ぎない。私は10年以上、東京、埼玉、大阪、福岡で教師のリーダーを育てる師範塾の塾長、理事長として、教員研修に尽力してきたが、東京都の小学校の教員採用試験の競争倍率が1、1倍(ほぼ全員合格)になり、教員をめぐる状況の深刻さは目を覆うばかりである。
教員の働き方改革が進められているが、教員養成、教員研修の根本的改革を図らない限り、この問題は解決できないだろう。かつて中野富士見中学校で起きた「葬式ごっこ」のいじめに教師も加担し、「さようなら」と書かれた色紙に教師も署名していたことが問題になったが、教師自身の感性、共感能力こそが問われている。
私はかつて神奈川県教育委員会の学校不適応対策研究協議会で「学校に行けない子供たち」という冊子を作る専門部会長として、不登校といじめ問題についての教員研修を長年担当したが、多くの教員研修を通して痛感したことは、「情動知性(EI=Emotional Intelligence)」に欠ける教員が多いということであった。
とりわけ教員のいじめ研修の際に行った「EQ診断テスト」によって、教員の「情動知性」が極めて低いことが明らかになった。教員採用試験ではIQは問われるが、EQ(情動知能)は問われない。
ダニエル・ゴールマンによれば、「情動知性」には、自己認識、自己統御、モチベーション、共感性、社会的スキルの5つの能力が含まれている。彼の恩師のハーバード大学のデイビッド・マクレランド教授が米国務省の依頼を受けて行った調査によれば、共感性、自己統制、率先行動などの感情コンピテンス能力が外交官としての成功要件であることが判明した。
●「情動知性」教育を道徳教育に生かせ
文部科学省は平成17年に「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」を立ち上げ、「情動の原型は5歳頃までに形成される」などと指摘。平成26年には「情動の科学的解明と教育等への応用に関する調査研究協力者会議」審議のまとめを公表し、「子どもの認知力や適応力、学習力の発達は、感情の働きである『情動』が基礎」と明記し、科学的根拠に基づく情動研究の成果を教育に応用する必要性を強調したが、この問題提起を道徳教育に生かそうという動きは見られなかった。
「情動知性」は教育や学習、訓練などによって高めることができるため、世界中の企業内人材育成や教育の現場で育成プログラムが実施されているが、教員養成や教員研修には欠落している。
教育基本法第9条1項は、「教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」と定め、2項において、「その使命と職責の重要性にかんがみ、(中略)養成と研修の充実が図られなければならない」と明記されている。
しかし、埼玉県教育委員長時代にも教員研修に「教養」に関する研修は多いが、「修養」に関わる研修は極めて少ないことを痛感させられた。「情動知性(心の知能指数)」を育む研修は「修養」を深める研修といえる。
EQは、心内知性、対人関係知性、状況判断知性に分類され、各知性を支える8つの能力、その能力を生み出す24の素養で構成される(拙著『日本文化と感性教育』モラロジー研究所、参照)。子供とどう関わるか、いかに道徳教育を行うかの前に、教師自身のこの3つの知性、8つの能力、24の素養を教員養成、教員研修でいかに育成するかが問われている。
EIの3本柱は、感情の表現と命名、感情の理解と認識、感情の制御と調節であるが、これらの「情動と社会性」を育む心理教育プログラムを子供だけでなく、保護者及び教員養成と教員研修にも広げる必要がある。
1980年頃から、アメリカでEIを育てる「社会性と情動の学習」(SEL)が始まったが、
これを参考にしながら、EIの育成を重視する日本心理学会の最新の研究成果(同学会監修『本当のかしこさとは何か一感情知性(EI)を育む心理学』誠信書房)を道徳教育にも活かす必要があろう。
単なるスキル教育ではなく、ノーベル賞を受賞したレーチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)で強調しているような、子供たちの心の琴線に触れる「感性」を育む「感知融合の道徳教育」が時代の要請といえる。
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