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言論人連載コーナー

八木秀次 – 「援助交際」は正当化できるのか

八木秀次

麗澤大学教授

 

●「援助交際」を肯定する学者たち

 1990年代の中頃、「援助交際」が社会問題となっていた。女子中高生が中高年の男性を相手に行う売春のことだ。ブランド物のバッグ欲しさに2万円とか3万円で体を売るということが話題となっていた。
 当時は社会学者や教育学者などが、それを、世紀末を生きる新しい生き方であるかのように持ち上げていた。その時に持ち出されていたのが、「性の自己決定権」という理屈だった。
 いわく「誰にも迷惑を掛けていないのであるから、自分の体を売るも売らないも個人の自由、自己決定だ」というのだった。確かに双方が合意していれば、誰にも迷惑を掛けない。お金を得たい女子中高生と、若い女性と性行為を行いたい中高年との間で合意が成り立つのであれば、誰も損をしない。むしろ双方に利益があるとも言える。そんな理屈だ。
 その際、学者たちが引っ張り出してきたのが、18世紀イギリスの哲学者、J・S・ミルが著書『自由論』(1859年)の中で展開している「他者加害原理」だった。

 

●誤用されたミルの「他者加害原理」

 ミルは次のように述べている。
「人間が個人としてであれ、集団としてであれ、誰かの行動の自由に干渉するのが正当だといえるのは、自衛を目的とする場合だけである。文明社会で個人に対して力を行使するのが正当だといえるのはただひとつ、他人に危害が及ぶのを防ぐことを目的とする場合だけである。本人にとって物質的にあるいは精神的に良いことだという点は、干渉が正当だとする十分な理由にならない。ある行動を強制するとか、ある行動を控えるよう強制するとき、本人にとって良いことだから、本人が幸福になれるから、さらには強制する側からみてそれが賢明か、正しいことだからという点は理由にならない。(中略)個人の行動のうち、社会に対して責任を負わなければならないのは、他人に関係する部分だけである。本人だけに関係する部分については、各人は当然の権利として、絶対的な自主独立を維持することができる。自分自身に対して、自分の身体と心に対して、人はみな主権をもっているのである」(山岡洋一訳、光文社古典新訳文庫、2006年)
 ミルは、文明社会においては他人に危害が及ぶことは制限されるが、本人だけに関係する部分については、それがどんなに愚かなことであれ、絶対的に自由であると述べている。この理屈からは「援助交際」は正当化されることになるが、果たしてどうか。
 しかし、ミルはそのすぐ次の段落で、次のように述べることも忘れていなかった。
「おそらくいうまでもないことであろうが、この原則は判断能力が成熟した人だけに適用することを意図している。子供も、法的に成人に達していない若者は対象にならない」
 ミルは、「他者加害原理」は未成年者には適用できないと述べているのだ。その理由をミルは説明する。
「世話を必要としない年齢に達していないのであれば、本人の行動で起こりうる危害に対しても、外部からの危害に対しても保護する必要がある」
 未成年者は判断能力が未熟なので、本人の判断で自らに危害を招く。だから自己決定させてはいけないということだ。確かに売春を行なった少女たちは僅かの小銭を稼ぐために体を売るという愚行を働いていたのだ。
 学者たちによって「援助交際」が持ち上げられていた頃、ミルのこの但し書きは意図的にか、無視された。彼らはミルを敢えて誤用して「援助交際」を持ち上げたのだ。

 

●原理の限界――道徳でしか説明できないことがある

 以上のようにミルの「他者加害原理」は未成年者を適用外としており、彼の理論からは「援助交際」は正当化できない。
 だが、成人の場合はどうか。誰にも迷惑を掛けなければ認められるのだろうか。例えば、「性の自己決定権」に関する次のような主張はどうだろう。
「誰もが『いつ、どこで、誰と』セックスするかは、自分の判断で決める」(宮台真司他著『〈性の自己決定〉原論』紀伊国屋書店、1998年、山本直英執筆部分)
「いつ誰とどんな状況で性交するかはまったくその人の生き方であって、人から指示されたり規制されることのない主体性にかかっている」(山本直英著『性教育ノススメ――“下半身症候群”からの脱出』大月書店、1994年)
 成人の場合、誰にも迷惑を掛けなければ、誰とのセックスも認められるべきなのか。
『性教育ノススメ』の著者はさらにいう。
「男と女とは、たとえ結婚に結びつかなくても、婚前でも、婚外でも、たとえ親子の不倫でも、師弟でも、まさに階級や身分や制度を超えて愛し合うことが可能なのである」(同上)
「親子の不倫でも」というのは近親相姦の薦めだ。
 だが、誰にも迷惑を掛けず、双方が合意したとしても親子など近親による婚姻は民法で禁止されている。そればかりか、かつて姻族関係にあった者同士、かつて養親子関係にあった者同士という血縁関係のないものも禁止されている。それはなぜか。理由は道徳でしか説明できない。ここにミルの「他者加害原理」の限界がある。(つづく)

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