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道徳サロン

最後通牒ゲームにおける利他的な申し出への反応に関する一考察

 

※以下は、お問い合わせの多い『モラロジー研究』掲載記事を紹介しています。なお、文末に各巻へのリンクを付しています。

 

望月 文明

 

目 次
1 .問題
2 .調査1:最後通牒ゲームにおける利他的な申し出への反応
3 .調査2:最後通牒ゲームにおける利他的な申し出への反応と利他的な人物への印象
4 .考察

 

1 .問題

 1920年代後半に、フォン・ノイマンによってゲーム理論が確立されて以来、この種の研究は、数学、経済学、心理学など分野を超えて発展してきた。1980年には、ロバート・アクセルロッドによる実験から、繰り返し型の囚人のジレンマゲームにおいて、応報戦略が最も利益を高める戦略であることが明らかにされたり、近年ではゲーム参加時の被験者の脳内を撮像するなどの神経科学や、人間の協力関係がいかに進化してきたかを問う進化学などにも応用されている。
 このゲーム理論の代表的なものの一つに最後通牒ゲーム(ultimatum game)がある。最後通牒ゲームは、二者間における財(金銭)の分配を扱ったものであるが、簡単に説明すると、「分配者(A)が、自分と相手(B)の取り分の分配額を提案し、BがAの提案を受け容れるか、拒否するかを選択する。BがAの提案を受け容れれば、両者ともそれぞれの分配額を得るが、BがAの提案した金額を拒否すると二人とも何ももらえなくなる」というものである。
 最後通牒ゲームにおいて分配者の提示する分配額は、一般的に、相手と半分ずつの等分から、自分と相手の割合が 6割対4割、7割対3割、…という具合に、分配者が利己的に金額を分けることが想定され、先行研究では、分配者が 8割で、受け取り側が 2割の場合は、約半数のケースで提案は拒否されることが報告されている(Guth, Schmittberger, & Schwarze, 1982; Sanfey et al., 2003)。これとは逆に、4割対6割、2割対8割という具合に、利他的に(つまり分配者よりも相手の方が多く)分配されることはきわめて少ない(※1)【※1) 報告者の知る限り、欧米諸国を中心としたこの種の研究では実験の設定段階で 5対5の等分から始まるものが大半であり、分配者側が少なく分配することは想定されていないようである。Guth, Schmittberger, & Schwarze(1982)の研究では、分配者側の被験者が、与えられた金額の分配額を自由に決めることが可能であったが、自らの分配額の方が少なくなるように分配した者はいなかった。但し、少数民族を対象に行った研究では、相手に自分よりも多く分配する民族が存在することが報告されており(Henrich, et al., 2001; Greene, 2013)、詳しくは考察で紹介する】

 

 同種の社会的ジレンマの研究(山岸,1990など)でも、「他者の利己的な分配を受け容れる」という意味での利他性は問われていても、積極的に自らが犠牲を払う、あるいは公共財を自分以外により多く分配することを想定した研究はほとんど無いといってよいだろう。その一方で、心理学では向社会的行動・援助行動など人の利他的な側面を扱った研究も古くから多数存在するし(Eisenberg and Mussen, 1987など)、少人数であるものの、驚くほどの犠牲や危険を承知の上で、他者のために尽くす人が存在することも我々は知っている(Colby and Damon, 1994など)。
 そこで本研究では、最後通牒ゲームにおいて、分配者が利他的な金額分配を提案した場合の相手からの反応と分配者に対する印象を調べることを第一の目的とする。ゲーム理論においては、利他的な分配額の提示に関する研究は少ないかもしれないが、社会心理学における返報性などの研究では、同じようなテーマが古くから扱われており、一方向的な利他的行動が必ずしも好意的に受け取られるわけではないことが明らかにされている(Kunz & Woolcott, 1976; Gergen, Ellsworth, Maslach, & Seipel, 1975など)。考察では、これらの研究の知見も交えながら、他者を利する行動をとる際に注意するべき点を考えると共に、最終的にはモラロジーや最高道徳との接点についても探ってみることにしたい。

 

2 .調査 1:最後通牒ゲームにおける利他的な申し出への反応

2 – 1.参加者・実施日
 参加者は、18 – 24歳(av. 18.8歳)の大学生67名であり、男性が21名(31%)、女性が46名(69%)。大半が学部一年生であった。平成23年10月に実施した。

 

2 – 2.質問紙
 質問紙は、フェイスシートを除いて、1~2ページで構成されている。参加者は、はじめに半ページ程度の最後通牒ゲームの簡単な説明を読んだ後で、自分が知らない人(以下C氏)と同ゲームをしていると想定し、その後の質問に回答する。
 全ての条件において、C氏が分配者となり、参加者はC氏の分配提示額を受け容れるか、拒否するかを選択する。分配額は1000円を、C氏と参加者の間で、(1)800円と200円、(2)600円と400円、(3)400円と600円、(4)200円と800円、(5)両者とも500円ずつの五つのパターンのいずれかに分かれている。参加者はC氏の分配額を受け容れるか、拒否するかを選択した(質問①)後で、その際の自分自身の気持ちとC氏の印象について回答する(質問②)。
 500円ずつの分配額の場合を除く、(1)~(4)のパターンでは、逆の分配額が提示された場合についても想定し(※2)【※2)つまりパターン(1)のC氏800円、参加者200円の分配額表示の場合、C氏200円、参加者800円の分配額を想定する】、同様に、その額を受け容れるか否か(質問③)、その場合の気持ちとC氏の印象(質問④)も回答する。最後に参加者自身が分配者の立場だったら、1000円をいくらずつに分配するか尋ねた(質問⑤)。
 尚、調査の実施前に、協力していただいた授業の担当者2名を含む、数名に読んでもらい、読みにくい、分かりにくい部分や表現について意見を頂き一部修正した。

 

2 ― 3.手順
 調査は二つの教養科目のクラスで行われ、どちらのクラスでも授業の残り20分ほどで、授業担当者に代わって、発表者が簡単な説明をした。参加者の大半は10分程度で記入を終えた。

 

2 ― 4.結果
 参加者67名のうち、無回答のものと、自由記述の内容から質問の内容を把握できていないと判断された 2 名分の回答を除外し、65名分の回答についての結果を以下に記す。

 

2 ― 4 ― 1.C氏の分配額の提案を受け容れるか?〈質問①と③〉
 500円ずつの分配額[パターン(5)]が提示された場合を除いて、参加者は質問①の分配額について、受容か拒否の選択をした後、質問③では逆の割合の分配額を提示された場合について、同じく受容か拒否の選択をした。各パターンの受容者の割合は以下の通りである。
 

 

(1)800円(C):200円(参) Q① 43%(6 / 14) Q③ 50%(7 / 14)
(2)600円(C):400円(参) Q① 64%(9 / 14) Q③ 77%(10 / 13)
(3)400円(C):600円(参) Q① 92%(12 / 13) Q③ 86%(12 / 14)
(4)200円(C):800円(参) Q① 57%(8 / 14) Q③ 57%(8 / 14)
(5)500円(C):500円(参) 100%(10 / 10)

 

 当初は、質問③の回答に対して何らかのバイアスがかかることも想定したが、割合だけを比較する限り、大きな影響は無かったようである。そのため、質問①と③の回答をまとめ、受容の割合が高い方から順にならべると、以下のようになる。

 

(5)500円(C):500円(参) 100%(10 / 10)
(3)400円(C):600円(参) 89%(24 / 27)
(2)600円(C):400円(参) 70%(19 / 27)
(4)200円(C):800円(参) 57%(16 / 28)
(1)800円(C):200円(参) 46%(13 / 28)

 

 この結果より、参加者は1000円を500円ずつ均等に分けた場合を最も好み、先行研究の結果と同様に、800円対200円で自分の取り分が少ない場合には、半数以上の人(54%)が提示された分配額を拒否している。
 本調査の主目的である利他的な分配額の申し出への反応であるが、400円対600円で11%、200円対800円では43%もの参加者が提示額の分配を拒否した。たとえ参加者の方が分配額が多い場合でも、割合が等分から離れるにつれて、分配案は拒否される傾向にあった。特に200円対800円の場合は、600円対400円という参加者の分け前が少ない場合と比べても拒否した人が多かった。

 

2 ― 4 ― 2.分配額を提示された際の気持ちとC氏に対する印象〈質問②と④〉
 上記のような分配額を提示された際に、「どのように感じたか?」、「C氏に対してどのような印象を持ったか?」という質問に対する自由記述の回答を「等分」、C氏のほうが多い「利己的」、参加者の方が多い「利他的」の3つに分けてまとめた。これについても質問②と④の間に大きな差が見られなかったため、併せたものを以下に記す。

 

●等分配
 500円ずつの等分の分配案を提示された場合は、受容率100%が示す通り、分配については、『平等/公平である』ことから『ありがたい』、『全く不満は無い』など、またC氏に対する印象についても、『公平な価値観を持った人(4人)』、『良い人(3人)』、『自分と相手のことをよく考えている人』など、すべての回答が肯定的なものであった。また判断が『自分と似ている』という回答もあった。

 

●利己的な分配(C氏の方が多い)
 従来の最後通牒ゲームのパターンである、分配者であるC氏の方が配分が多くなる“利己的な”分配案の場合は、その案を受容すると拒否するの選択に関係なく、『不平等・不公平だ』、あるいは不満や悔しさを表す感想が、また、C氏への印象も『ずるい』、『自己中心的』、『嫌な奴』など否定的なコメントが目立った。受容率の違いが示す通り、このような傾向はC氏自身への配分が多いほど強くなり、600円対400円の場合では、『この金額差なら構わない(5人)』という回答も少なくないし、『いいあたりに決めたな』と感心を表すものまでみられるが、800円対200円となるとC氏に対して、『二度と関わりたくない』、『人間としてどうかと思う』などの厳しい記述もみられた。
 さらに、分配案の受容を選択した参加者に限られるが、『まったくもらえないよりはマシである』として不本意ながらも従う参加者が、金額の差(400円でも、200円でも)に関わらず約2割(5人)いた。また少数ではあるが、C氏に対して『悪いことをしているわけではない』と理解を示したり、『自分の気持ちに正直だ』と相手の利己的な部分に好感を持つ者もいた。

 

●利他的な分配(参加者の方が多い)
 一方で、C氏が参加者の方に多額の分配案を提案した場合はどうだろうか。この場合は三つのグループに大別できる。一つめのグループは、単純に自分の方が多くもらえることを喜ぶ者たちで、『嬉しい』、『得した』などの記述が目立ち、C氏の印象も『優しい』、『寛大』など良いものが中心である(少数ながら『不思議な人』などの回答もある)。当然であるが、このグループはC氏の分配案を受け容れる。また、分配額の割合ごとでみてみると、400円対600円のパターンでは「受容」と回答した者の 3 分の 2(16人)が該当した
が、200円対800円では約3分の1(5人)へと大きく減った。
 二つめのグループは、C氏が参加者の方へ多く分配したことについて、疑問を持つと同時に、C氏に何らかの企みがあるのではないかと怪しむ者たちである。自由記述の回答には『なぜ?』、『何か裏がありそう』などが多く、C氏への印象も『怪しい』や『不気味』、さらには『気持ちが悪い』というものまであった。但し、だからといってC氏からの“利他的”な分配案を必ずしも拒むわけではなく、怪しみながらも分配案を受け容れる者が少なくなかった。400円対600円の案を受け容れた者のうち約3割(7人)が『何か裏がありそう』と答えているし、200円対800円を受け容れた場合も、約3割(5人)がC氏を『怪しい』、『少し怖い』などと評している。もっとも分配額の割合が大きくなることで、「怪しいので拒否する」者は増えている。
 三つめのグループは、C氏の利他的な態度を肯定的に評価しつつ、自分の方が多くもらえることに戸惑い、恐縮する者たちである。分配案に対しては、『何か申し訳ない』、『気が引ける』などが代表的な回答例であり、C氏への印象も『優しい』、『思いやりがある』、『謙虚』など肯定的である。さらに、このグループは、C氏の利他的な分配案の申し出を肯定的に評価しつつも、「拒否」を選択する者が少なくない。400円対600円の案を拒否した者は3人だが、そのうちの1人は『折角だけど受け取れない』と回答しているし、200円対800円の場合は、拒否した12人中3人が、その理由として『自分の方が多くて申し訳
ない』と述べている。この他にも『平等に分けるべき(3人)』や『嬉しいけど、何か嫌(2人)』などの回答が見られた。その一方で、「受容」を選択した参加者も、『自分の方が多くて申し訳ないが、「拒否」するとC氏も一銭ももらえないのでさらに申し訳ない』という回答が複数みられた。

 

2 ― 4 ― 3.参加者自身が分配者の立場ならいくらずつに分けるか?〈質問⑤〉
 有効回答者の65人中、62人(95%)と圧倒的に多数の人が500円ずつ均等に分配すると回答した。残り3人は、C氏と自分との取り分の割合を、200円対800円、400円対600円、600円対400円と分配する案であった。

 

2 ― 5.調査 1 の結果の総括
 調査1の結果を簡単にまとめてみると、第一に、今回提示した5つのパターンのうち、5対5の均等な割合の分配が最も好まれた。相手が利己的な分配案を提示した場合だけでなく、相手よりも自分(参加者)の方が多い“利他的な”分配案も拒否されるし、参加者自らが分配者の立場にあることを想定した場合に「500円ずつ分配する」という回答が圧倒的多数であった。
 次に、利他的な分配案を提示された時の反応には、「多くもらえて単純に喜ぶ」、「相手の意図がわからず、疑念を抱く」、「相手の好意に感謝しつつも、戸惑い、恐縮する」の三つに分けられた。つまり、本調査の結果をみる限り、「自分の取り分が多ければ良いし、また多いほど良い」と単純に考えている人ばかりではない。むしろ、分配の割合がより利他的になるほど(均等な状態から離れるほど)、「拒否」を選択する割合が増え、自由記述の回答より、理由も無く自分の方がより多く分配してもらえることに、警戒心を抱いたり、戸惑いや納まりの悪さのようなものを感じている。
 また一方で、利己的な分配案に対しては、自らの取り分を犠牲にしてでも、分配者を邪魔するために拒否を選択する人が存在し、8 対 2 の割合で過半数に及ぶことなどは、先行研究と一致している。

 

3 .調査 2:最後通牒ゲームにおける利他的な申し出への反応と利他的な人物への印象

 調査1に引き続き、二度目の調査(調査2)を行った。調査2の目的は、最後通牒ゲームにおける利他的な分配額を提示された場合の反応の確認と、分配者(C氏)の利他性を分かり易くすることによって、同氏への印象の影響を調べることである。

 

3 ― 1.参加者・実施日
 参加者は、18―24歳(av. 19.0歳)の大学生68名であり、男性が22名(32%)、女性が46名(68%)だった。このうち大半は前回の調査1の参加者であったが、今回初めて調査に参加した人も9名いた。実施日は平成23年12月前半であり、調査1より約1ヶ月後となった。

 

3 ― 2.質問紙
 質問紙は2ページであり、はじめに半ページほどの最後通牒ゲームを説明する文章を読んだ後で、知らない人(以下C氏)と同ゲームをしていると想定し、その後の質問に回答する。ここまでは調査1と同じであるが、以下の点が異なっている。

 

(1)全体の金額の増額
 調査1の回答に「正直800円程度はどうでもよい」というものがあり、分配する金額を1000円から10000円に上げることで、最後通牒ゲームへの関心を高めることにした。
(2)利他的な分配額のパターンに限定
 調査の目的より、C氏と参加者との分配額を、2000円対8000円、4000円対6000円の2パターンのみに限定した。
(3)分配者と受け手との立場の入れ替え
 質問紙の2ページ目をめくると、『C氏からの分配額を提示された後で、実験者からルールの変更を告げられ、参加者が分配者の立場になり、参加者が5000円ずつ均等に分配額を提案し、C氏がその案を受け容れる』場面を想定させた。
(4)相手(C氏)の利他性の印象操作
 さらに、参加者の半数には、(3)のように5000円ずつ分配した後で、C氏がそのうちの3000円(2000円対8000円パターン)か1000円(4000円対6000円パターン)を、地震や洪水などの災害の被災者に対して募金した、という後日談を聞いた場面を想定させた。

 

 参加者は、調査1と同様に、まず、C氏からの分配額の提案(2000円対8000円、4000円対6000円のどちらか)の後で、その提案を受け容れるか否か(質問①)と、その際の感想やC氏に対する印象(質問②)について回答した。
 その後、2ページ目へと移り、(3)の通り役割を逆転させ、参加者自身が5000円ずつ分配を提案し、C氏がそれを受け容れる場面を想定させた。その際の感想とC氏に対する印象(質問③)について参加者は回答したが、(4)の通り、参加者の半数には、C氏が5000円の分配額の一部を募金した後日談をきいたと想定させている。

 

3 ― 3.手順
 調査2は調査 1 を実施した同じ二つのクラスで行った。調査2では、「金額が1000円から1万円に上がったこと」や、「途中で参加者が分配者の立場となった場面を想定してもらう」など、前回との変更点や分かりにくい部分について、事前に発表者が簡単な説明をした。参加者の大半は10分程度で記入を終えた。

 

3 ― 4.結果
 調査2では、特に回答もれなどの不適当な回答はみられず、参加者全68名分の回答について分析した。

 

3 ― 4 ― 1.C氏の分配額の提案を受け容れるか?〈質問①〉
 C氏からの分配案を「受け容れる」と回答した参加者は、4000円(C氏)対6000円(参)で76%(26 / 34人)、 2000円(C氏)対8000円(参)で70%(24/34人)であった。
 調査1と比べると、割合が4対6の場合は拒否する人が増えている(11%⇒24%)が、2対8の場合は減っている(43%⇒30%)。金額が増えたことの影響が一因だと考えられるが、いずれにせよ調査2でも25~30%の人が利他的な分配額の申し出を断った。

 

3 ― 4 ― 2.分配額を提示された際の気持ちとC氏に対する印象〈質問②〉
 C氏より分配額を提示された際に、「どのように感じたか?」、「C氏に対してどのような印象を持ったか?」という質問に対する自由記述の回答をまとめた。調査2では、利他的な分配案だけが提案されているが、調査1と同様に、回答の傾向から3つのグループに大別できた。すなわち、自分の分け前の方が多いことを「単純に喜ぶ人」、「不審に思う人」、「感謝しつつも恐縮する人」たちである。
 まず、「単純に喜ぶ」グループは、全員C氏からの分配の提案に対して「受容」を選択している。自由記述における彼らの代表的な回答例は『うれしい』、『もうかった』、『ラッキー』などである。4000円対6000円のパターンでは、回答のちょうど半分(13人)が該当するが、2000円対8000円のパターンでは、3分の1弱(8人)と減っている。
 自分の分け前の方が多いことを「不審に思う」グループは、4000円対6000円のパターンで、C氏の印象を『不思議』、『何かたくらんでいそう』、『怖い』などの回答が、3分の1(8人)、2000円対8000円のパターンで、半分弱(15人)と増えている。但し、「不審に思う」ことが必ずしも、C氏からの提案を拒否するとは限らず、例えば、2000円対8000円では、9人が不審に思いながらも提案を受け容れている。また、特に4000円対6000円の場合に、『自分よりも相手の分け前を増やすことで、必ず相手(参加者)が提案を受け容れてくれるため、C氏は賢い』という解釈をした者が3人いた(2000円対8000円では
1名)。
 自分に対して多く配分してくれた相手に「感謝しつつ恐縮する」グループの場合も、感謝、恐縮しつつも、相手の申し出を「受け容れる」者と「拒否する」者に分かれる。代表的な回答例が、自分の方が多くて『申し訳ない』、『悪い気がする』というものであり、4000円対6000円で4分の1にあたる8人が、2000円対8000円では半分弱の14人が該当した。上記の「不審に思う」グループと比べると、「拒否」を選択している者の回答に多くみられ、拒否を選択した者の回答には『ものすごく申し訳ない』、『罪悪感を感じる』というものや、『平等に分けるべきである』というものがあった。また、「受容」を選択した者の中には、調査1の結果と同様に、『申し訳ないと思うが、「拒否」を選択するとC氏も1円ももらえなくなってしまう』ことを懸念する回答も複数みられた。C氏の印象も、単純に「優しい」、「良い人」で終わるのではなく、『気を使いすぎである』、『控えめで欲の無い人』などが付け加えられた回答も多くみられた。

 

3 ― 4 ― 3.参加者が分配者となり、均等に分配した後の気持ちとC氏への印象〈質問③〉
「手順」で述べた通り、調査 2 では途中で、「参加者の方が分配者となり、5000円ずつ均等に分配する提案をして、C氏がその提案を受け容れる」場面を想定させた。さらに参加者の半数は、「C氏がゲームで得た金額の一部(4000円対6000円のパターンでは1000円、2000円対8000円では3000円)を、自然災害の被災者に寄付する」という後日談を聞いたことになっており、その際の感想とC氏の印象を回答した。残りの参加者には、このような後日談の記載は無く、C氏と共に5000円ずつ分配した部分で終わっており、この時点での感想とC氏の印象を回答した。
 まず、「C氏が被災者に寄付をする」後日談が“無い”条件の回答を見ると、調査1の「もし、参加者自身が分配者であったら」という質問で回答の95%が「500円ずつ均等に」であったように、38%(13人)が『均等に分配する方が(自分が多くもらうよりも)良い』と回答しており最も多かった。この他には、『(5000円得て、あるいは、C氏に受け容れてもらえて)嬉しい』と喜ぶ者(3人)や、『普通』・『特に変わらない』など特別な感想は無い(3人)などの回答があった。また、C氏の印象については、『良い人』・『優しい』・『協調性がある』など肯定的なもの(8人)、『何を考えているのかわからない』・『怖い』と怪しむもの(7人)、分配時の感想と同じく特別な印象が無いもの(5人)などに分かれた。少数意見の中には、C氏が5000円ずつの均等な分配案を受け容れたため、『やはり、お金が欲しかったんだ』と解釈した者もいた。
 一方、「C氏が被災者に寄付をする」後日談が“ある”条件は、質問では寄付の金額に差があったが、回答の内容や割合には大きな違いが無かったため、結果をまとめると、全回答の約3分の2が、『すごい』・『えらい』・『素晴らしい』などC氏の行動を賞賛する者(10人)、または『自分も募金する(あるいはしたい)』と自らの募金の意図を示す者(10人)であった。この他には、『自分が小さく感じる』や『(先の段階で)疑って悪かった』などの回答もみられた。逆に『自分には関係ない』・『特に興味は無い』など無関心を示す者も少なくなかった(6人)。C氏の印象については、『良い人』・『優しい』・『素晴らしい』など肯定的なものが82%(28人)と圧倒的であり、この中には『私の常識では推し量れない』、『仲良くなりたい』などの回答もあった。他には、少数意見として『よくわからない人だ』・『興味が無い』・『若干怖い』などがあった。

 

3 ― 5.調査 2 の結果の総括
 調査2でも、調査1の結果と同じく、利他的な分配案に対して「拒否」の選択があり、4対6よりも2対8の方が拒否の回答が多かった。だが、調査1と比べるとその割合には違いがみられ、4対6の場合には11%(調査1)から24%(調査2)へ増え、逆に2対8の場合には、43%(調査1)から30%(調査2)へと減っている。今回は、統計学的な処理を行ってはいないため詳細は不明であるが、分配する金額が10倍に増えたことにより、4対6の場合は相手との差額(200円から2000円へ)に、2対8の場合は手に入らなくなる金額の差(800円から8000円へ)にと、注意する点が異なったのかもしれない。
 利他的な分配案を提示された時の反応に関しても、調査1と同様に、「多くもらえて単純に喜ぶ」、「相手の意図がわからず、疑念を抱く」、「相手の好意に感謝しつつも、戸惑い、恐縮する」の三つに大別できた。反応の内容については、調査1の結果と大きな違いはみられなかった。
 最後に、「C氏の募金行為」の後日談によって、C氏の利他的な人柄が示されると、「自分は関係ない」・「興味ない」など無関心な反応も少なからず見られたものの、参加者の8割強はC氏に良い印象を持ち、また、その中の3割以上が自らも「募金する(したい)」という意図を示した。一般的に考えられているように、利他的な人物や言動は、見ている者に良い印象を与えるし、その判断や行動にも影響を与えるようである。

 

4 .考察

4 ― 1.より多い分配額を提案された時に生じる「疑念」と「恐縮」
 本調査で“利他的”と呼んできた、最後通牒ゲームにおける自分よりも相手の方に多い金額を分配する行為は、参加者にも“利他的”と受け取られたのだろうか。
 今回の2つの調査では、“利他的な”分配案は必ずしも相手から受け容れられるわけではなかった。また、どちらの調査でも、より“利他的な”分配案の方が(4:6よりも2:8の方が)拒否された。分配に対する感想やC氏への印象などの記述式の回答をみると、“利他的な”分配案に対しては、それを単純に喜んで受け容れる者もいるが、『不可解だ』、『裏がありそう』などの、自分よりも相手に多く分配することへの疑念を抱く者と、『申し訳ない』、『良い人そうだ』など、相手の好意を認めつつも、恐縮して快く受け容れられない者もいる。一方で、5対5の均等な分配案は、誰もがそれを受け容れることや、参加者自身が分配者の立場にたつことを想定させると、大半が均等に分けようとすること、また、「感想・印象」欄でも、『ありがたい』、『全く不満無し』などの好意的なものばかりであり、全体的にみれば、最後通牒ゲームでは、均等な分配こそが参加者にとって最も利他的なようである。
 自分よりも相手に多く分配する提案が、必ずしも相手から“利他的”だと受け取られないのは、なぜだろうか。参加者の代表的な反応である「疑念」と「恐縮」から考えてみることにしたい。

 

(1)意図の不明瞭さに対する「疑念」
最後通牒ゲームにおいて、分配者の利己的な分配案に対して、受け手が「拒否」を選択することは「利他的懲罰(altruistic punishment)」と呼ばれている。これは、10対0という分配案で無い限り、受け手が得られるはずである分配額を「拒否する」選択によって、コストを払いながら、分配者の利己的な目論みを阻んで、改心を促し、以後、分配者と交流する者が不当な扱いを受けにくくなるためである。つまり、この場合の利益を受ける他者とは、今後分配者と出会うであろう第三者を指している。このような自己犠牲的な懲罰が、共同体におけるフリーライダーの発生を抑制し、その結果として、共同体に所属するメンバー全体が恩恵を受けることになるため、この懲罰は確かに他者を利している。しかし、利他的懲罰は、そのような他者を利することを目的として行使されているわけではない。むしろ、『欲深い分配者の思惑を邪魔したい』という思いから生じるものである。脳神経科学の研究でも、罰を与える者の報酬系に関わる部位(線条体)が賦活することが指摘されており(de Quervain, et al., 2004)、利他的懲罰の“利己的”な側面を示唆している。この「利他的懲罰」をめぐる利他と利己の二面性は、ある行動によって他の個体の適応度が高まることを「利他」と呼ぶ生物学と、行動の基となる動機や意図から「利他」を問う心理学との異なった解釈が反映している(Sober & Wilson, 1999; Fehr and Gächter, 2002)。
 本調査における参加者への“利他的な”分配案に対して、拒否を選択した者だけでなく、受容した者にも、『不可解だ』、『裏がありそう』といった分配者の意図を訝しく思う回答が多く見られた。これは、対人関係においては、「人間は基本的に利己的である」という考え方が、「利他的である」という考え方よりも一般的に浸透していること、さらに、一般的に「利他」では、単に相手を利する行動を指すのでなく、背後にある意図や動機が重視されていることが伺える。本調査では、分配者が「なぜ」参加者の方により多く分配したのかという動機も、そもそも参加者を利する意図があるのかも不明瞭なままである。さまざまな詐欺事件や悪徳商法に関する社会問題がメディアで報じられている中、大学生が、意図や動機が不明瞭な都合の良い話を怪しんだり、疑うのはごく自然な反応である。つまり、日常における利他的な言動が、受ける側との間で成立するための重要なポイントの一つは、その意図や動機の明瞭さにあるといえる。調査2でC氏が被災者へ募金をする後日談を設定すると、C氏に対する印象が総じて好意的なものとなり、『自分も募金したい』という回答まで多く見られたが、これはC氏の利他的な意図が間接的に示されたためであろう。

 

(2)利他を受ける際の「恐縮」:平等・公平な関係を維持したい欲求
 利他的な言動をとる際に、その意図と動機を明瞭にすることが、ポイントの一つであることを述べたばかりだが、利他的な行動に対するもう一つの反応である「恐縮」という点からみると、問題がそれほど単純ではないことに気付く。
 調査2の「寄付行為の後日談」の結果にあったように、われわれは利他的な人物に対して好意を持ち、自らの行動にも影響を受けるが、その一方で、利他の対象が自分である場合、つまり、自分が他者から恩恵を被ることには抵抗感が生じるようである。本調査では、“利他的な”分配案の申し出に対して、分配者を『よい人』、『優しい』と評したうえで、その申し出を断り、さらに『申し訳ない』と回答した者も少なくなかった。このような人たちにとっては、利他的な意図や動機の有無が問題なのではなく、特別な理由も無いのに相手よりも多く分けてもらえることを「重荷」に感じ、できるだけ平等・公平な関係を維持したいという欲求があるようだ。これは、進化生物学者であるロバート・トリヴァースのいう「互恵的利他性」のように、他者から利を受けることで、後にその人へ返礼する義務感が生じ、それをある種の負担や負債のように感じるためだと思われる。本稿の冒頭で、最後通牒ゲームを用いた先行研究では、本調査で用いたような、相手により多く分配額を提示するものが極めて少ないと述べたが、さまざまな国の少数民族を対象に同ゲームを実施した結果をまとめた報告によると(Henrich, et al., 2001; Greene, 2013)、パプア・ニューギニアのアウ(Au)族やグナウ(Gnau)族は、分配者が自分よりも相手に多く配分する提案がみられたが、そのような“利他的な”提案は、分配者が利己的な分配額を提案したときと同じ割合で拒否された。このような結果は、アウ族やグナウ族の社会にある贈答の文化が反映していると考えられており、彼らの社会では、何かを受け取れば、たとえそれが求めていたものではなかったとしても、その後何かをお返ししなければならないし、何か高価なものを受け取ることは、受け手が送り手に従属することを意味するそうである。
 最後通牒ゲームなどの社会的ジレンマゲームの研究からは少し離れるが、欧米における返報性に関する心理学の研究でも、見知らぬ人物からのクリスマスカードに3~4割もの人が返事を書いたり(Kunz & Woolcott, 1976)、ある人から恩恵を受けた後で、お返しをする機会が無いと、その人に対して感じる魅力が低くなること(Gergen, et al., 1975)が報告されている。また、近年の脳科学の研究では、自分と相手のどちらが多いかに関わらず、不平等な分配は、扁桃体の賦活と相関が見られた。扁桃体は、恐怖や瞬間的な判断を司る部位とされており、不平等な分配は、直観的に嫌がられる傾向にあることが示唆されている(Haruno & Frith, 2010)。これらの研究結果より、対人関係において、人はできるだけ平等・公平な人間関係を維持したい欲求があり、一方向的な利他性がそれを受ける者に対して負担感や負債感を与えかねないことに注意する必要があるといえよう。

 

4 ― 2.「公平性を保つ」という利他性の可能性:モラロジー/最高道徳との接点
 最後に本調査の結果を、モラロジーや最高道徳の視点より考えてみたい。もう一度、結果の要点をまとめると、最後通牒ゲームを用いた利他的な申し出は、それを単純に喜んで受け容れる者も少なくないが、分配者側の意図や動機が不明瞭であることから疑念を抱く者と、分配者側の善意を認めながらも公平・平等な関係を維持したいと思う者が、それぞれ一定の割合で存在することである。さらに、同ゲームにおける均等な分配案は、ほとんど全ての参加者より好意的に受け取られたことであり、特別な理由が無い限り、人は公平・平等な対人関係を好む傾向があると思われる。
 生物学と比較して、心理学では他者を利そうとする意図や動機を重視すると先に述べた(※3)【※3) 例えばEisenbergとMussen(1987)は、他者に利益をもたらす自発的行動全般は「向社会的行動(prosocial behavior)」であり、その中で特に相手の福祉や正義の信念が動機となって生じるものを「利他性(altruism)」と呼び、両者を区別している】。本調査の利他的な申し出に疑念を抱いた参加者の存在からも、人が相手の行動だけでなく、それらの行動に伴う意図をも注意していることが伺える。さらに、モラロジーの教えでは、『自ら苦労してこれを人に頒つ』や『道徳は犠牲なり相互的にあらず』、『労をも資をも神に捧げて施恩を思わず』などの格言が示す通り(※4)【※4) 格言は『新版 道徳科学の論文』九冊目より、引用順にp. 318、p. 395、p. 370】、自己犠牲を省みない積極的な利他の姿勢が薦められている。このような他者を利そうとする意図や動機、また自己犠牲を省みない利他の姿勢は、一見して賞賛すべき美徳のように感じられるが、それらに意識が集中したために、相手の「平等・公平な対人関係を維持したい」気持ちへの配慮が欠けてしまうのであれば、利他的な意図や自己犠牲を伴った行動が、利する以上に相手に負担感や負債感を与えてしまうというパラドックスが生じかねない。
 このような問題に対して、モラロジーでは、自己犠牲を省みない積極的な利他の姿勢が薦められている一方で、その姿勢が独善的にならずに、実際に相手や社会を利しているかを注意するように促している。「三方よし」と呼ばれる教えはこの一例である。「三方よし」とは道徳を実行した結果が、自分と相手と第三者のいずれにとっても良いものであるべきとする理念であり、それを具体的にあらわすエピソードとして、廣池千九郎が遭遇した列車の事故とその後のタクシーを相乗りした事例が頻繁に用いられるが、その概略を示すと以下のようなものになる。

 

 廣池が二人の随行者と共に、講演先である目的地へと列車で向かったところ、トンネル事故のため、途中の駅で立往生してしまう。随行者が駅に残っていた最後のタクシーと交渉し、一度は目的地まで三人で二十円の交渉がまとまった。そこに同じ列車に乗っていた他の二人の乗客が、仕事や家庭にそれぞれ急用を抱えていたため、タクシーへ同乗の依頼に来る。それぞれの事情を聞いた廣池の随行者は、二人の同乗を認めるが、廣池はそれを制して、乗客となる五人がそれぞれ五円ずつ出し合って、総額二十五円を運転手に支払うことを提案し、同乗を求める二人と運転手が快くそれに応じ、目的地へと向かった(※5)【※5) 「三方よし」に関する記録等には、このときの随行者の一人であった中田中氏による『思いでの旅』(1960)をはじめ複数存在するが、本稿のエピソードの概略については、大野(2013)の『「三方よし」の由来とその現代的意味』を参考にした】

 

 廣池は、乗客の全員が五円ずつ支払うという自らの提案が同乗依頼者と運転手から受け容れられた際に、自分たちも窮屈になるものの当初の料金より安くなること、後から来た二人も五円ずつ払うことで気軽に乗れること、運転手も車に負担が掛かる分料金が増えることで、それぞれが良い結果を得ると説明を加えている。さらに目的地についた後で、廣池は随行者に対し、相手に対する単純な同情心から生じる親切な行為では、親切にされた相手が喜んだとしても、その後の生き方に与える影響は小さく、道徳的に不十分であることを指摘し、それらに注意を向けるように指導した。このときの随行者の一人である中田中氏は、以上のエピソードを紹介すると共に、廣池から日常的に、自分と相手と第三者への配慮を促す指導を受けていたと述べている。さらに中田氏は、この「三方よし」の教えにおける“公平性”を維持することの重要性について次のように説明している(※6)【※6) 中田(1960)『思いでの旅』88 ― 91ページ】

 

 平素なにをするにも相手、第三者のことまで考えてやっていれば失敗はないのです。相手さへよければというのは、やはりどこか欠かんがあるので、それは普通道徳です。(略)かたよらない、えこひいきのないことが、慈悲であり最上であるのです。平均法というもの、天地の法則、神の心は公平である、これが最高道徳なのであります(※7)【7) 中田(1960)『思いでの旅』91ページ】

 

 報告者は当初、「三方よし」の教えのポイントは、忘れられがちな自分と相手以外の“第三者への影響”を考慮するように問題の認識を再構築することだと捉えて、三者間の公平性についてはあまり考えてこなかった。それは、平等や公平性が、「正義」の問題であって、心理学的な意図の面でも、生物学的な物質の面でも「利他」とは関係がない、という先入観が一因であった。しかし、上記の引用にあるような「かたよらない、えこひいきのないことが、慈悲であり最上である」という指摘は、単に相手に負債感や負担感を与えないというような視点を超えて、利他を考えていると思われる。そこには、本調査で自分の分け前が多いことに「疑念を持った」、「恐縮した」者だけでなく、「単純に喜んだ」者までも配慮した「利他的な公平性」があるようだ。この「利他的な公平性」について理解を深めていくことが、今後の研究課題の一つとして挙げられるだろう。
 一方で、「公平性を維持する」、「平等に配分する」ことは必ずしも容易なことではない。人は自分に都合の良いように公平性を捉える傾向がある。ある心理学の実験では、作業への参加の報酬をもう一人の参加者と分配する際に、もう一人の参加者との間に、作業量と作業時間に差がある場合、作業量と時間のどちらか一方でも、もう一人より多かったならば、自分により多く報酬額を配分した。さらに、作業量と時間のどちらかが、もう一人より少なかった場合は、他方の差がなかったものを基準として、平等に配分した。作業量と時間のどちらもが、もう一人よりも少なかった場合のみ、もう一人の方に多く配分したが、その金額と平等に分配した額との間には有意差が見られなかった(Messick, 1985; Baron, 1998)。「正義」ではなく、「利他」を目的とした公平性には、このような無自覚な利己的偏向性を正し、他者との間に真の公平性を見出すのに役立つかもしれない。この点も今後の課題の一つとして考えていくことにしたい。

 

References
・Baron, J.(1998).Judgment Misguided: Intuition and error in public decision making. NY: Oxford University Press.
・バトソン, C. D.(菊池・二宮 訳)(2012).『利他性の人間学:実験社会心理学からの回答』新曜社
・チャルディーニ, R.(社会行動研究会 訳)(1991).『影響力の武器:なぜ人は動かされるのか』誠信書房
・Colby, A. & Damon, W.(1994).Some Do Care. NY: Free Press.
・アイゼンバーグ, N. & マッセン, P.(菊池・二宮 訳)(1991).『思いやり行動の発達心理』金子書房
・de Quervain, D. J. F., Fischbacher, U., Treyer, V., Schellhammer, M., Schnyder, U., Buck, A., and Fehr, E.(2004).The Neural Basis of Altruistic Punishment. Science, 305, 1254-1258.
・Fehr, E., and Gächter, S. 2002. Altruistic punishment in humans. Nature, 415, 137-140.
・Gergen, K., Ellsworth, P., Maslach, C., & Seipel, M. (1975).Obligation, donor resources, and reactions to aid in three cultures. Journal of Personality and Social Psychology, 31, 390-400.
・Greene, J. (2013).Moral Tribes: Emotion, Reason, and the Gap between Us and Them. NY: The Penguin Press.
・Guth, W., Schmittberger, R., & Schwarze, B. (1982).An Experimental Analysis of Ultimatum Bargaining. Journal of Economic Behavior and Organization, 3, 367-388.
・Haruno, M., & Frith, C. D. (2010).Activity in the amygdala elicited by unfair divisions predicts social value orientation. Nature Neuroscience, 13(2),160-161.
・Henrich, J., Boyd, R., Bowles, S., Camerer, C., Fehr, E., Gintis, H., & McElreath, R. (2001).In Search of Homo Economicus: Behavioral experiments in 15 small-scale societies. American Economic Review, 91(2),73-78.
・廣池千九郎(1928/1986).『新版 道徳科学の論文』廣池学園出版部
・Kunz, P. R., & Woolcott, M., (1976).Season’s greetings: From my status to yours. Social science research, 5, 269-278.
・Messik, D. M. (1985).Social interdependence and decision making. In G. Wright(Ed.),Behavioral decision making(pp. 87-109). New York: Plenum.
・中田中(1960).『思いでの旅』廣池学園事業部
・大野正英(2013).『「三方よし」の由来とその現代的意味』モラロジー研究所
・Sanfey, A. G., Rilling, J. K., Aronson, J. A., Nystrom, L. E. & Cohen, J. D. 2003. The neural basis of economic decision-making in the ultimatum game. Science, 300, 1755-1758.
・Sober, E. & Wilson, D. S. (1999).Unto Others: The Evolution and Psychology of Unselfish Behavior. Cambridge: Harvard University Press.
・山岸俊男(1998).『信頼の構造:こころと社会の進化ゲーム』東京大学出版会

 

(キーワード:最後通牒ゲーム、利他、三方よし)

 

『モラロジー研究』No.73.2014より

『モラロジー研究』

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