伊勢雅臣 – 大坂なおみ選手の思いやり

メールマガジン『国際派日本人養成講座』編集長 伊勢 雅臣
2018年9月8日、ニューヨークで行われた全米オープン女子シングル決勝戦で、大坂なおみ選手がセリーナ・ウィリアムズ選手を下して、日本人選手として初めて4大大会での優勝を勝ち得た。
試合は、大坂選手が力強いプレーで優勢に進める中、ウィリアムズ選手は禁じられている客席からのコーチの指示、プレーが思い通りにならない怒りにラケットをコートに叩きつけた行為、審判への暴言などで、ペナルティを受けた。審判の厳しさに抗議する観客のブーイングの中で、会場は異様な雰囲気に包まれた。
表彰式もブーイングの中で始まった。ウィリアムズ選手はサンバイザーをおろして涙を隠す大坂選手の肩を抱いて「ブーイングはもうやめて」と観客席に呼びかけた。
大坂選手は優勝選手としてのコメントを求められると、「皆がセリーナを応援していたのを知っているから、こんな終わり方になって残念です。ただ試合を見てくれてありがとう」と観客に感謝した。ウィリアムズ選手に対しても「全米オープンの決勝でセリーナと戦うことが夢でした。あなたと試合ができて本当に感謝しています」と頭を下げた。自分の優勝の喜びよりも周囲への思いやりを見せた大坂選手の言葉で、判定に怒っていた観衆も我に返ったようだった。涙を流している人もいた。
大坂選手は一見大柄な黒人選手のように見えるが、日本人の母親に日本人らしい思いやりをしつけられて育ったようだ。ハイチ人の父親はアメリカからの札束アプローチを断り、今まで日本で受けた恩義を返すために日本国籍で競技を続けるよう勧めているという。
そういう立派な家庭で育てられた大坂なおみ選手が、世界に見事な思いやりを見せた。「よいプレーだけではなく、よりよい教育の勝利」とはあるファンの言葉である。
「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」という子育ての言い伝えが、昔から我が国にある。親に「しっかり抱いて」もらって、安心感を得た子供だけが、自分で歩こうとする自立心を持つ。育児とは、次世代の立派な国民を育てるという「興国の大業」である。
<『モラロジー道徳教育』NO. 153 平成30年12月1日発行より>