広中忠昭 – 意図を明確にした授業づくり〜家族との生活について考える〜
麗澤大学教職センター講師 広中 忠昭
1.TV番組を見て
先日、道徳の教科化について扱ったTV番組を見た。その中で「お母さんのせいきゅう書」を用いて家族愛について取り上げている場面があった。
授業はお母さんの0円の請求書を見て、親の無償の愛に気づき、涙を流したぼくの気持ちを考えながら家族の大切さについて学んでいった。ある男の子がお母さんの気持ちを考えた時に「子供はこのくらいのことでお金がもらえていいな。お母さんもほしいわ」といった発言をして先生を困らせていた。
クラスにも笑いが起こり、その子はそれ以降だまって下を向いていた。先生が授業後に、男の子のそばに行き、話をよく聞いていた姿も印象に残った。
とてもいい先生だと思った。
両親が共働きの家に育ったその子にとって、お母さんがただで家の仕事をしていることに違和感があり、素直にその気持ちを語ったようだった。様々な家族の形がある中で、答えが一つではない問題を扱う難しさを感じる場面でもあった。
2.何がわかればいいのか
子供にとって、本来家庭はもっとも心の安らげる場所であるが、必ずしもそう言い切れない状況も見られる。家庭内の子育てに関する問題は、全国どこでも見られる。私も何度もこの教材で授業を行ってきたが、家族愛を扱う際には一定の配慮が必要である。
しかし、道徳教材はある状況を設定し、道徳的問題について話し合うための道具である。
大切なのは、協働で教材中の道徳的問題の解決を図る中で、何がわかればいいかを明確にすることである。
そこには教師の明確な指導の意図が求められる。
そこで、私はこの授業のねらいを次のように設定した。
○ねらい
母の0円の請求書を読んだたかし(主人公)の気づきを通して、楽しい家庭をつくるにはどんなことが大切かがわかり、家族の一員としての自覚を持ち、協力して楽しい家庭を築いていこうとする心情を育てる。
家族愛、家庭生活の充実に関する指導内容は「父母、祖父母を敬愛し(心情)、家族みんなで協力し合って楽しい家庭をつくること(行為)」となっており、心情と行為に分れている。
指導に当たっては家族への敬愛の情が高まり、家族との望ましい関わり方を考えるような方向性をもった授業づくりを構想することが求められる。
3.授業の展開(前半)
※問題に気づく
①日常生活を見つめる導入
家庭内の仕事や分担は様々である。そこで導入ではそれぞれの家庭の仕事について振り返り、課題意識を持たせた。
②教材を前後半で分けて扱う
前半はお母さんが500円を渡すところまでとした。教科書では教材を途中で切って提示することは難しいが、今回はあえてそうした。子供たちが教材中の道徳的問題に対し、どのように感じているのかをしっかりとつかむ必要があると考えたからだ。三十五名の子供たちにたかしの行為についてどう思うか聞いたところ、次の結果となった。
賛成…0
反対…34
どちらともいえない…1
理由
・お母さんは、お金をもらっていないから。
・家の仕事にお金をもらおうとするのはおかしいから。
・お金は、家の人が一生懸命働いて稼いだものだから。
・毎月お金がかかっているのにその上にもらうのは大変だ。
問い 500円を渡したとき、お母さんはどう思っただろう。
・悲しい。
・がっかりした。
・怒った。
補助発問 それなのに500円
を渡したのはなぜだろう。
・お母さんも請求書を出すかも。
・お金を大切に使うか試すため。
・やさしい?甘い?
この学級では、たかしの請求書に対しほぼ反対となったが、賛成が多くなる学級もあるはずである。また、発言からはお金の価値という直接のねらいとは違う部分にも子供の関心が向いていることがわかる。こうした実態を理解した上で丁寧に問題に気づかせていった。
4.問題の設定と自覚
私は、道徳授業づくりでは子供の課題意識を高め、ねらいに迫ることのできる適切な問いを設定することが大切だと思っている。ここで500円というお金を通して、もらって喜んでいるたかしと、それを悲しんだり怒ったりしているお母さんの気持ちのズレを対比して、次のように解決する問いを設定した。
たかし よろこび
↕ 家の仕事お金
お母さん かなしみ、いかり
問い 楽しい家庭は、どのようにしてつくることができるのだろう。
先行研究によると、子供たちの問題意識は「驚き・疑問・当惑・困難・矛盾」といった概念的葛藤が起こることによって生まれると言われる。お母さんの0円の請求書を見たたかしには驚きや当惑などといった気持ちが起こる。まさに問題意識が生まれるのである。そこで、授業ではたかしの行為の適否を各自に判断させ、そこに母親の視点を加えることで二つの視点を比較させ、今の自分から理想の自分について考えることができるように心がけた。
たかしの行為と気持ちは、母の気持ちと大きく離れている。こうした状況では楽しい家庭はつくれないという意識を共有することで問題が自分事として自覚される。
5.授業の展開(後半)
※考える・話し合う
後半を読み、0円の請求書を黒板に貼った。そして、0円の請求書に込められたお母さんの気持ちについて各自に自由に書かせ、班で話し合わせた。
・お母さんは家族の幸せのために家の仕事をしているのよ。
・お金より大切なものがある。
・みんなが仕事を頑張っているんだよ。
・家族で協力することの大切さをわかってほしい。
・自分でやることは自分でしてね。
・家でかかるお金は全部大人が払っているんだよ。
・大変な仕事でもお母さんはお金はもらえないんだよ。
・お母さんは、たかしに幸せになってほしいのよ。
・家族が好きという気持ちが大切よ。
素晴らしい気づきだが、そのままでは発表で終わってしまうことも多い。そこでお母さんの請求書にある無償の看病や親切と共に、お金がかかっているものにまでなぜ0円なのかを問い、子供の発言を整理した。
・お母さんの仕事はいつも0円である。
・大人は子供を育てるために一生懸命仕事をしている。
・大人は子供たちに幸せになってほしいと願っている。
・家族は協力することが大切。
このように発言を整理していくことを通して、どの子も子供を守る大人の役割や家族の愛情の深さに気づくようになった。
意見は言わせただけでは深まらない。多様な意見を整理し、比較することで考えは明確になるし深まりもするものである。
6.自分との関わりで考える
※振り返る、見つめる
子供がお母さんの気持ちを考えることは難しいが、自分の課題となることで、このような気づきに至ることができる。
話合いのあと一人一人に最初の問いの答えを書かせた。
・楽しい家族は、まず協力・思いやり、そして、好き、努力をあわせて初めてできる。
・家族みんなに好きな気持ちや、思いやりがあれば楽しい家族になれる。
・楽しい家族を作るには、思い合う気持ちや絆が大切
・家族を大切に思う気持ちを持ち楽しく協力したら、家族に思いやりの心が生まれる。
さらにこの答えを基に、自分との関わりで考えたまとめ(振り返り)は次のようであった。
・優しい心を持って協力して家族を助けたい。
・母に強く言いすぎるところがあるので、優しくなりたい。
・親や兄弟に迷惑をかけない。
・けがをした時、家族が助けてくれたから、みんなのことを大切にして頑張りたい。
・お金や家族の愛情を大切にしたい。
・お手伝いをしたい。家族で支え合うことが大切だから。
7.評価
授業を通して子供たちは軽い気持ちで自分中心にお金をもらおうとしたたかしのいたらなさに気づき、家族における思いやりの大切さについて改めて深く理解することができたといえる。子供たちの振り返りの文からは、そのことが伝わってくる。
この授業では、家族への敬愛の気持ちを高めることと、それを通して自分のあり方を見つめ直すことを目指した。
また、友達と協働して多面的・多角的に考え、話し合うことや自分との関わりで自分のあり方について考えを深めることも意識した。こうした学習状況を丁寧に把握し、成長の様子を見取っていくことが道徳科の評価につながるものである。
家族の形は様々に変わったとしても、共に楽しい家庭をつくっていくには何が大切なのか、子供の気づきがこれからの家庭生活に生かされることを願う。
最後にこの授業ではお母さんの気持ちを班で話し合わせたので、児童による自己評価を取り入れてみた。
○友達の意見を聞いて考えが広がったり、深まったりしたか。
はい 22人
少し 9人
いいえ 3人
こうした自己評価の在り方についても、今後検証が必要である。
8.板書の実際
<『モラロジー道徳教育』NO. 152平成30年9月1日発行より>