「心づかいQ&A」

ニューモラルで人気のコーナー。
モラロジー研究所の玉井哲講師が、さまざまなお悩みに答えます!!

 

Q:意見が言えない職場に耐えられない

現在の上司(40歳・男性)は、若くして昇進しただけあって仕事はできるのですが、「自分のやっていることに間違いはない」という思いが強いのか、私たちスタッフの意見を一切聞き入れてくれません。よかれと思って言おうとしたことにも「言い訳はいいから」などと返されてしまうので、職場の雰囲気は最悪です。私もこの年になって「どんな仕事をするか」より「どんな人のもとで働くか」のほうが大きいということを思い知りました。最近では転職も考えています。
(40代・女性)

A:あなたの人間力を磨くチャンスに

年若くして昇進されただけあって有能な上司であるようですが、スタッフの意見を一切聞かず、よかれと思っての提案もむげに否定されてしまうとのこと。そのような職場には共に働く喜びが感じられず、むなしく思われ、果ては転職も考えられているようです。
どうにもならないと思えば転職もありでしょうが、職場における問題は、仕事上の問題であれ人間関係の問題であれ、お互いに不完全な人間同士の共同作業である限り、どこに行ってもなくならないものです。「自分は正しい、相手は分かっていない」という自己正当化が当たり前の職場には、他人を攻撃・非難する雰囲気が充満してしまいます。
今のあなたは、悩んだり抵抗したりする中で「上司が変わればいいのに」と考えておられるようですが、あなた自身も上司と同じ自己正当化に陥ってはいないでしょうか。「上司だけが悪い」という発想からは、なんの生産的な解決策も得られないと考えるのです。
どのような人も、今日までの生育環境の中で、無意識的にその人特有の性格や性癖、正義感や人間観を身につけています。それが社会生活の中で「自分と違う人間」に出会うことによって、苦い経験もしながら、正義と思いやりのバランスが取れてくるのです。そこから、相手を尊重し、自分と相手の立場や責任、互いの距離感などもわきまえたふるまいができるようになるのではないでしょうか。
40代は、まさに人生上の修行と鍛錬の真っ只中といえましょう。上司も未完成なら、あなたも未完成。したがって、ここであなたがどのような考え方で歩むのかが、あなた自身の今後を左右することになると考えます。私は「人間の喜びは、つながりや絆の中にある」と考えています。周囲の人たちとのつながりをどのようなものと考えるかが、あなたの態度や心構えが前向きになるか否かを左右すると考えるのです。
職場は自分を磨く道場です。「共に楽しく仕事をする場」と考えて、上司を毛嫌いするのではなく、相手のよいところに学び、尊敬しつつ、お互いの本音が語り合える職場をつくりたいものです。職場の雰囲気は一人で変えることはできませんが、少し時間をかけても、まずは毎日の挨拶や返事のしかたなどから見直して、上司を立てつつ、周囲の仲間と心を合わせて、尊敬と信頼の雰囲気をつくる取り組みを始めてみてください。きっと固い上司の心も、いつか穏やかに開かれてくるでしょう。
無意識にわいてくる日ごろの自分の感情を見つめ、対決する心ではなく、明るい信頼の心に向くように努めてください。敵対するような気持ちでいる限り、お互いの喜びも人間的な成長も得られないのですから。

平成30年10月号
 

Q:車の運転をやめるべきか

夫婦そろって80代になりました。子供は皆、仕事の都合で遠方にいますが、私たちは住み慣れた地元にとどまり、おかげさまで元気に過ごしています。ところが最近、子供たちから「運転免許を返納してほしい」と、やかましく言われるようになりました。私は長年無事故でやってきて、更新時の検査でも問題ないと言われていますし、車がなければ今の生活も成り立ちません。どうしたら分かってもらえるでしょうか。
(80代・男性)

A:不便さよりも家族の和を考えて

運転免許更新時の検査では問題はなく、生活上の必要もあって、車の運転はやめたくないと考えておられるようです。しかし子供たちは、離れて生活しているだけに心配なのでしょう。「免許を返納してほしい」とやかましく、どのようにすれば納得し合えるのかと悩んでおられるようです。
あなたにとっては車なしに生活することは難しいようですが、事故が起きてしまってからでは取り返しがつきません。どのように過ごすことが、自分にとっても子供たちとの関係においても平和であるのか、ここは自分の一方的な考えにとらわれるのではなく、少し冷静に、心に余裕を持って考えてみたいものです。
子供さんにしてみれば、最近多発している高齢者の自動車事故の報道を見聞きするたびに、心配になり、「そろそろ親父も運転をやめてくれたら」と考えるのが自然です。事故は起こしても巻き込まれても、当事者はもとより、家族や社会に多大な迷惑や不幸を生んでしまうものです。「少々の不便さはあっても、公共の交通機関やタクシーなどを利用してほしい」というのが本音でしょう。
しかしあなたは、「自分の責任は自分で取るよ」と思っておられるようですから、子供たちの言い分にすぐ従う気持ちにはなれないのでしょう。確かに車が使えなくなれば、単に不便というだけでなく、行動範囲が狭まったり時間に制約ができたりして、自由と楽しみが失われてしまいます。そうしたあなたの心情を「子供たちは十分に理解してくれていない」と思えるのかもしれません。
個人差がありますから一概にはいえないのですが、高齢になると、自分自身で体力の衰えを感じることも多いものです。視力や聴力、反応の機敏さなども衰えて、世の中のスピードについていけず、ふだんの生活でも不便を感じられることも多くなるでしょう。「より快適に、自分らしい生活を続けたい」という思いと、自分の身の回りに不安や危険が迫っているという現実に、どのように折り合いをつけるか。車の運転の問題は、その典型ともいえましょう。
『論語』に「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」(為政篇)という教訓があります。「自分がその都度やりたいと思うことをなしても、周囲との対立や衝突が起こらないようにふるまうことができる」というのが、孔子の晩年の境地です。私たちも高齢になったら少し自分の思いを抑えて子供たちの総意を尊重し、「つながり」を大切に、次の世代と共に感謝し育ち合えることを喜びとして生きていきたいものです。
車のある便利な生活を選ぶか、全体の安心につながる和を選ぶかはお任せします。自由と危険は隣り合わせ。あなたの賢明な判断を祈ります。

平成30年9月号
 

Q:好きなように生きる人生への罪悪感

結婚して5年の専業主婦です。夫婦2人の生活は自由になる時間もあって幸せです。仕事を持たない分、少しでも社会の役に立ちたいという思いはあるものの、いつも胸には罪悪感がわだかまっています。好きなように生きてきて、自分の人生に満足していますが、母には自分勝手だと言われてきました。姑の介護を20年続けた母に比べ、私は親のそばで老いに寄り添うこともせず、自分はどうしてこんなに冷たいのだろうと思うこともあります。この罪悪感とどう向き合えばよいでしょうか。
(40代・女性)

A:低い心で母親に感謝の言葉を

これまでの人生を思うままに生きることができ、幸せな結婚もして、今はゆとりの時間を使って社会の役に立つことをしたいと考え始めておられるようです。しかし、お母さんに「おまえは自分勝手だよ」と言われてきたことで、「自分は冷たい人間なんだ」という思いにさいなまれることもあるとのこと。新しい自分に挑戦したい気持ちはあるものの、まずはこの罪悪感にも似た気持ちを整理したいと思っておられるのですね。
戦後の貧しい時代を経験されたお母さんにとっては、親や身近な人たちの世話をするのは当たり前のことで、その後の世相の変化に戸惑いながらも、自分の子供はしっかり教育したいと思ってこられたのではないでしょうか。そのお母さんからすると、あなた方の世代は豊かさの中で自由奔放に過ごしているように見え、「そんなに自分勝手では、あなたの人生も社会もだめになる」という思いから、あえて口やかましく言ってこられたのでしょう。自由や権利の主張に慣れた若い世代では、あなたのように母親の言葉を素直に受けとめ、罪悪感まで抱くような人は少ないかもしれません。
今、あなたが自分中心に生きてきたことに後悔にも似た気持ちを抱いているのは、お母さんの思いが正しくあなたの心に伝わっていたからでしょう。母親を恨みに思うのではなく、冷静に感謝して受けとめてよいのではないかと思います。
人間の発達課題を考えても、30代までは自己確立と結婚、そして家庭づくりに最大の努力を傾けるのが一般的です。ようやく安定する40代になって、家族や社会にお返しをという温かい気持ちを抱けたら、それが理想だと考えます。その意味であなたが今、親の苦労を偲んで感謝し、今までのわがままを素直に反省しつつ「お母さん、私は今、こんな気持ちで生活しようと考えているのです」と、社会の役に立ちたいという思いを伝えたら、きっと心から喜んでいただけるものと思われます。
罪悪感を抱くほどのつらい思いというと、少し病的なようにも思えて心配になりますが、母親の言葉によって自分の心を傷つけ過ぎるのではなく、その言葉によって自分の未熟さに気づき、たくさんの人のおかげで今日の幸せがあることを感じとるために不可欠な痛みであると受けとめたいものです。この痛みの体験を、これからの人生を謙虚に感謝の気持ちで、前向きに力強く生きていくための原点として受けとめていただきたいのです。
後悔ばかりで躊躇していては、真の反省にはなりません。どうかご主人ともこのことについてよく語り合い、理解し合ってください。「自分の時間を有効に使って、少しでも社会に貢献したい」という思いほど、尊く喜びの多いことはないと確信しています。

平成30年8月号

 

Q:親の反対で逃した就職

学生時代、私には就きたいと思っていた職業がありました。ところが私を公務員にしたかった両親が強く反対したため、思うように就職活動もできず、結果は全滅。やむなく非正規雇用で働くという選択をしました。親の態度が軟化するまでと思っていたのですが、そのときには希望の職に就ける年齢ではなくなっていました。人生を棒に振った思いで、今となっては親を恨むばかりです。
(30代・男性)

A:弱気にならず、やる気を発揮して

学生時代に就きたいと思っていた職業を両親の反対であきらめたことから、希望の職に就ける年齢を超えた今、親を恨みたい気持ちになっておられるようです。
親としては、当時のあなたの姿を見て、堅実かつ有意な公務員にと考えられたのでしょう。その勧めに抗しきれず、別の道を歩みながら、いつかは自分の思いを実現しようと歩んでこられたあなたのつらさも理解できます。両親も当時は反対したものの、人生を肩代わりできるわけではなく、あなたの決断を見守り、案じつつ今日に至っておられることでしょう。あなたが過去を悔い、親を責める気持ちも分かりますが、その悔しい思いをバネにして、冷静に再出発されることをお勧めします。
今のあなたは、この十年近い年月を「まったく意味のない人生を歩まされた」というマイナスの気持ちで受けとめておられるようですが、このような考えにとらわれている限り「自分の人生」を歩むことはできないと自覚する必要があります。今の悩みは、過去を正しく受けとめ、自分を取り戻すために不可欠な苦悩であると受けとめる必要があるでしょう。
誰のせいでもなく、自分の責任において人生を切り拓くための大切な時であると自覚できれば、この間に体験した数々の試練や苦悩にも、新しい意味を見いだせることでしょう。親に抗しきれなかったのもあなたですし、親に従って待ってみようと決めたのもあなたです。どうして親が反対したのかを振り返る時間もあったでしょうし、不本意な仕事をしながらも有意義な体験をし、学んだこともたくさんあったのではありませんか。
今では、社会の中で自分をよりよく生かす道を考えるだけの視野も広がっていると思われます。あなたがこの不遇に思える体験を賢く冷静に受けとめて、強い心で持ちこたえ、人生に再挑戦することが、親の安心にも自己実現にもつながると確信しています。
人生が自分の思うとおりにいくものでなくてはならないと考えていると、人は反省し成熟し成長する機会を失うことになります。人生の醍醐味は、これからも襲ってくるであろうさまざまな試練に対して、自己の責任において挑戦し克服しながら、家庭や社会に貢献しつつ、命のリレーランナーとして誠実に生きていく、その中で味わうものであると考えるからです。
あなたは今、少し弱気になっておられるようですが、今こそやる気を発揮して、自分を鍛え、強く生き抜くチャンスと考えてはどうですか。人生百年時代の到来です。親も不完全、あなたも不完全、共に足りないところに気づいたところから、勇気と元気と根気を持って、新しい自分、新しい人生に挑戦してくださることを願っています。

平成30年7月号

 

Q:先の見えない介護生活に不安

同居の義母は今年で100歳。実家の両親も90代になり、きょうだいは皆、仕事の都合で遠くにいるため、私たち夫婦で両家の親の生活を見守っています。義母は身の回りの手助けは必要ですが、頑張ってくれており、実父は畑で採れた物を持ってきてくれたり、施設に入った実母も多少のアドバイスをくれたりします。夫はボランティアに精を出し、私も健康でありがたいのですが、この状態がいつまで続くのかと思うと不安になることがあります。どうかよきアドバイスをお願いします。
(60代・女性)

A:家族の絆を、新たに創ろう

同居の義母も実家のご両親も高齢ながら、それぞれ自分にできることを頑張ってやってくれている様子です。しかし、ほかのきょうだいが遠方にいることもあり、その生活を身近で見守るあなたは先行きの不安を感じておられるようです。
人生百年という超高齢社会に突入しつつある今日の日本では、あなた方のように、自分自身が六十代になってから親の最晩年の世話をし、見守るのが普通の時代になってきました。あなたの家庭は幸いにも、義母とご両親それぞれが不自由さを抱えながらも前向きに生活をされているようですが、この状態がいつまで続くのだろうとと、一瞬、不安に駆られるのがたいていです。
あなたも心配でしょうが、高齢の親たちも、自分の心身の健康から生活上の諸問題に至るまで、いつ何が起こるか分からないという状況におられます。そのような中で一番大切なことは、一人ひとりが不安や不信に陥り孤立するのではなく、家族や第三者の意見や援助を素直に受け入れる「心の柔軟さ」を保つことだと考えます。
あなたが抱えている「この先への不安」は、親から子へ、子から孫へと世代が続いていく限り、昔も今もこれからも、誰しもが体験し備えるべき課題です。家族の中の誰かがこの不安から目をそらそうとすれば、ほかの誰かがその穴埋めをしなければなりません。
したがって、親の身近におられるあなたには、家族の誰がどのような援助を必要としているのかをよく観察し、介護支援の利用なども含めて親子・きょうだいの間で語り合い、情報を共有していく必要があります。あなた一人でなんとかしようとするのではなく、遠きも近きも、家族みんなで理解し合って「こうしよう、ああしよう」と語り合い、事が起こったときにはすぐに相談できるよう、信頼と安心のある関係を築きたいものです。一人でやっていると不安になりますが、家族の理解と協力があると分かっていれば、「今の自分にできることを、誠心誠意努めよう」と考えることができるでしょう。
「明日のことを思い煩うことなかれ」。これは先の見えない人生の課題を乗り越えるときに「今できる最善の努力を惜しまず、後のことを案じない」と教えた先人の知恵です。
あなたには今、身近な相談者・協力者がいるでしょうか。もう少しご主人にも思いを伝えて、協力を願いましょう。共に受けとめると、苦労は半分に、味わう喜びは二倍にも三倍にもなるものです。ご両親を中心に、家族が心を一つにして、感謝と奉仕と喜びの種を育てるチャンスにしてください。

平成30年6月号

 

Q:子供同士のトラブルから仲違いした友人

小学校高学年の娘が、友人とのトラブルで悩んでいる時期がありました。相手の子の母親とは親しかったため、親子同席で話し合いましたが、相手の子が非を認めず、思い余った私は担任に相談して「別のクラスにしてほしい」と言ってしまいました。翌年はクラスが分かれ、娘同士の仲は改善してきたものの、今度は相手の母親が私に冷たい態度を取るようになりました。きっと私が担任に相談したことを知って傷ついたのだと思います。軽率な言動で大切なママ友を失い、途方に暮れています。
(40代・女性)

A:気づきを大切に、責めは謙虚に受けよう

子供同士のトラブルに、親しい関係にあった母親同士で協力して円満解決を図ろうとしたものの、相手の娘さんの態度に不満が残り、担任の先生に相談して「別のクラスに」という希望を通してしまったようです。時間の経過とともに、子供たちは仲よく付き合っているようですが、相手のお母さんの冷たい態度に、あなたが一方的に学校へ訴えたことに原因があるのではと悩んでおられるようです。
人間関係のトラブルというものは、あまり親しくする必要のない関係の場合は「気にしないでおこう」と考えたりして、心の平静を保ちやすいところがあります。しかし、それが親しくしておきたい身近な間柄となると、自分の犯した過ちへの後悔は意識に残りやすいものです。友人への配慮を欠き、無断で学校の先生に訴えてしまったという後味の悪さが、ある程度の時間が経過してからわいてきたのは、あなたの良心の自然な働きでしょう。友人があなたを遠ざける原因はほかにあるのかもしれませんが、ここはあなたのその気づきに焦点を当てて考えてみることにしましょう。
すでに自分の非に気づかれているあなたには余計な言葉かもしれませんが、あなたには少し忍耐力と寛容さが足りなかったようです。このことを素直に受けとめ、相手の心が落ち着くまで、少しつらくとも、持ちこたえる時間を味わう必要があると考えます。しかし、この失敗によって、もう友人の信頼は回復できないと決めつけるのは早計でしょう。冷静に、しかも真摯に、相手との関係改善を図る気持ちはなくさないようにしたいものです。
そして、自分の過ちに気づかれたときが最良のチャンスです。人間不信の感情は、時がたてばたつほど増大拡散することが多いようですから、できるだけ早めに、誠意をもって反省の気持ちを伝えることができるとよいですね。相手に許してもらえるかどうかを案ずるのではなく、こちらの非を丁寧に詫びるという態度で、「いつか必ず再び心を通わせ、親しい友だちに戻りたい」という気持ちで過ごすのです。信頼できる第三者に力を借りるのもよいでしょうが、自分の中にあるかたくなな心に気づかせてくれた事件として謙虚に反省し、柔軟な心で生活していきたいものです。
私たちの日常は、このような一時の小さな短慮や過失、それが拡大した結果としての誹謗中傷も錯綜する中で、さまざまに喜怒哀楽を味わうものです。時として自分の非に気づくこともありますが、一つ一つを解決するには相応の勇気が必要です。「過ちを改むるに吝かならず」という『書経』の言葉が心に響きます。どうか自分の心を美しくする勇気を持って、相手との温かいつながりを実現する努力をされることを祈っています。

平成30年5月号

 

Q:家族を避ける引きこもりの息子

38歳になる二男は高校を中退後、自力で大学入学資格検定に合格し、専門学校に入学しました。卒業後は一流企業に就職して家を出ましたが、地元へは何年も帰らず、近年は電話もつながらない状態になっていました。先日、アパートの大家さんから家賃滞納の連絡を受けたことがきっかけで、人間関係の悩みから会社を辞めていたことが判明しました。以来、ずっと部屋に引きこもっているようで、親やきょうだいが会おうと言っても応じてくれません。どのように関わったらよいでしょうか。
(70代・女性)

A:強い決意でご子息の心に風穴を

アパートの大家さんからの連絡で知ったご子息の現状。会社を辞めて家賃滞納の状態で自室に引きこもり、親やきょうだいとも会おうとしないことに、あなたは困惑されているようです。
高校中退を経験したご子息は、苦労の中で大学入学資格検定を経て専門学校を卒業し、一流企業に就職されたということですから、ある程度の自立の道が見えていただけに、親としては安堵しておられたことでしょう。ところが、しばらく連絡を取ることを怠っている間に、職場での人間関係に悩み、孤立して、親にも相談できないまま退職するに至ったようです。
高校中退後の苦労には、粘り強い努力の末に就職にまでこぎつけられたわけですから、家族の愛情に支えられ、心を奮い立たせておられたことがうかがえます。就職して家を離れた後も、精いっぱいの努力をされていたことでしょう。しかし、直接的な成果を期待され、時には能力以上のことも要求される厳しい企業環境の中、一人孤立していたとすれば、耐えられないほどの重圧やストレスを感じておられたであろうことは想像に難くありません。
連絡が取れていなかった期間がどれほどであったかは分かりませんが、親やきょうだいにも弱音を吐くことができず孤立して、自暴自棄になりつつもなん
とか生き続けておられるご子息の心の内を想像してみてください。孤独ほど、人の心をむしばむものはないというのが私の実感です。ここはあなたの親心に磨きをかけ、ご子息の苦悩を受けとめるだけの心配りと努力を怠ってきたことへの反省を込めて、心の傷を受けとめようとする強い愛情と覚悟を新たにしていただきたいと考えます。
失礼な言い方になるかもしれませんが、彼を救い出せるのはあなた以外にはありません。誰かになんとかしてもらいたいとか、「彼が誰とも会おうとしないから、どうにもならない」といった傍観者的な態度では、ご子息の心の壁は破れないことを覚悟してください。人間という存在は、親の無条件の愛を感じ、その愛を受けとめる体験を蓄積していくことで、困難に持ちこたえ、夢を抱いて生きる力をわき立たせるものです。正しい愛情を受けることなしに、人は自立できないのです。
あなた方に、ご子息の心の壁に風穴を開ける覚悟ができたら、その方法について専門家に相談するのもよいでしょう。しかし容易に心が開けるものでないことは覚悟してください。何度も拒絶されるかもしれません。それでも忍耐強く、踏まれても蹴られても、なんとかしてご子息を抱き寄せてみせるという、熱い、しかし冷静な思いで接し続けてください。その愛情が、彼の氷のような心を溶かしていくことを祈っています。

平成30年4月号

 

Q:義弟夫婦と義父母の仲を取り持つには

夫の弟が結婚しましたが、義父母はお嫁さんが気に入らないようで、いつも文句を言っています。理由は、お嫁さんがしょっちゅう実家を頼るため、近い将来、息子が家庭で疎外感を感じるようになるのではないかということです。私たち夫婦から見ると、義弟夫婦はとても仲がよく、義父母が心配するようなことにはならないのではないかと思うのですが……。義父母が心配のあまり元気がない姿を見ると、私も苦しいです。義父母と義弟夫婦の間で、どのように立ち回ったらよいでしょうか。(30代・女性)

A:両親を信じ、朗らかに

ご主人のご両親が、何かと実家を頼りにする弟さんのお嫁さんに不満を抱いておられるとのこと。あなたは一緒に住まわれているのでしょうか。ご両親の思いを聞かされ、時には気に病んでおられる姿に、どのように間に入って仲よくしてもらったらいいかと悩んでおられるようです。
親心とはありがたいものですが、時として、子供に自分の思いを押し付けてしまうことがあるようです。「理想の家族関係」を築こうとする親の思いは尊いものですが、相手の家庭の事情を十分に考えることなく「親密な関係でいたい」という思いばかりを募らせると、独りよがりの悪循環に陥りかねません。行き過ぎた期待が相手を悪者にしたり、仲よく過ごしている相手方の関係に疑念を抱かせたりすることもあるのです。
ご両親は、良好な親子関係を築いているあなた方と同じように、弟さん夫婦とも親しい間柄でいて、なんでも相談してもらい、協力してあげたいと思っておられるのでしょう。しかし結婚したばかりで、しかも夫の両親と同居しているわけではないお嫁さんにとっては、ちょっとした問題であれば実母のほうが相談しやすいでしょうし、ややこしい問題であればあるほど、嫁ぎ先の両親には力を借りづらいものでしょう。
ご両親は、そんなお嫁さんの様子を「自分たちの親心を察してくれない」と不平に思い、疑心暗鬼に陥っておられるのではないでしょうか。もともとは親の愛情から出ていることでも、相手を思いやることを忘れると「善意の押し付け」になってしまう危険性を感じます。
間に入るあなたは、まず弟さんのお嫁さんと親交を深め、ご両親に対しては説得しようとするのではなく、実の親に対するような親しい気持ちで、自分が結婚したばかりのころのことなども語り合ってみてはいかがでしょう。ご主人のきょうだいが男性ばかりであるとすれば、お母さんは息子の結婚によって娘を授かったことになりますから、そのお嫁さんと親しくしたいという思いは格別なものかもしれません。あなたはご両親の真心を信じ、また、兄弟姉妹が仲よくすることが親の安心につながることを心して、「自分がなんとかしなくては」と焦るのではなく、穏やかに聞き役に徹することを心がけてください。
あなたの心がどちらかに揺れることがあるかもしれません。しかし、そこは中正で偏らないように。あなたが「困ったな」と思っているときは、あなた自身もこの問題に巻き込まれているという危険信号です。ご主人とは常に心を一つに、親の心に和らぎが戻ることを願いつつ、自分の心を乱すことなく見守っていれば、時間はかかっても解決していくでしょう。
要は、あなたが常に明朗清新の気分で過ごされることが基本です。

平成30年3月号

 

Q:年の離れた相手との再婚

6年前に妻を病気で亡くしました。その際、部下の女性が近隣に住んでいたこともあり、家の用事をいろいろと手伝ってくれました。昨年、会社を定年退職し、別会社で働き始めてからも、彼女は食事をつくってくれたり掃除をしてくれたりと、世話をしてくれています。友人は「彼女は結婚を意識しているから、再婚するべきだ」と言いますが、迷っています。一人息子はすでに独立し、所帯を持っていますが、その息子と彼女は同世代です。どうすることが最善でしょうか。(60代・男性)

A:心の整理と覚悟を第一に

奥様が亡くなられて6年、部下の女性が最初は近くに住む上司を助けたいという気持ちからだったのでしょうか、あなたの退職後も継続して家事を手伝ってくれているとのこと。ご友人には結婚を勧められたものの、あなたは年齢の差を気にして躊躇しておられるようです。
彼女はどのような気持ちで、どのような時間帯に訪問されているのか、家庭はどのようになっているのかは分かりませんが、6年間もそのような関係が継続しているとすれば、結婚のことを出すまでもなく、自分の気持ちをしっかりと整理して、慎重に対応を考える時であると感じます。
近年の結婚事情は、本人同士の都合が最優先、他人の目など気にしないという風潮のようです。しかし、これでは社会の中で孤立化が進み、家庭崩壊に歯止めがかからなくなるという悪循環が懸念されます。あなたの場合も、問題をこのまま放置すれば、お互いの人格に傷がつくばかりでなく、家族や隣近所にも不信感を抱かせることになるのではないでしょうか。
近所に住まわれていることもあり、軽い気持ちで続いているということのようですが、大人の異性間でのお手伝いということを考えれば、結婚をするかしないかは最後の重大な決断として、一日も早く、彼女に対して責任ある態度を示す必要があると考えます。
おそらく、当初はなんらかの約束事があって始まったものと思われますが、期間の長さや食事・掃除など家人と同様の奉仕をされる間柄ということを考えても、今後の関係性について明確にしておくことが、相手や家族に対しても、社会的な責任を全うするうえでも、必要不可欠であると言えましょう。
もちろん、お互いに好意を抱くことなしにここまで続くことはないでしょうから、先の奥様への思いを大切にしながらも結婚の話が出てくるのは、不思議ではないでしょう。お互いの家庭の事情、経済状況、健康状態などについては考えることもあるでしょうが、ここは率直に語り合い、お互いの人生が豊かになるという方向であれば、年齢の差を越えて真剣に考えてもよいのではないかと考えます。
ご子息夫婦も今の間柄を見守ってきているようですから、どのような反応が返ってくるか想像に難くはありませんが、要はあなた自身の心の整理と覚悟が第一、そのうえで、彼女自身と家族の意思を尊重して決断されればいいのではないでしょうか。結婚に踏み切るには今しばらく時間が必要であるというのであれば、そのことを考慮し、結婚のことは考えられないという結論に達するのであれば、早々に間柄に決着をつけるのが良識というものです。そこに未練を残すことがあってはならないと考えます。

平成30年2月号

 

Q:ボランティアでの失敗

25年以上、ボランティアを続けています。あるとき、皆の前で私の文章の間違いを厳しく指摘され、とても悲しい気持ちになりました。その文章はパソコンが使えない私のために、息子がプリントにしてくれたものでした。私は幼いころ、戦後の混乱期で十分な教育を受けられなかったので、学力がないことを自覚しています。そんな中で、唯一続けてきたのがボランティアでした。でも、こんな思いをしてまで続けることもないかと思い、迷っています。どのように考えたらよいでしょうか。(70代・女性)

A:もう少し冷静に、明るく受けとめて

皆の前で厳しい指摘を受け、相当に落ち込まれているようです。間違いを指摘した相手がどのような方かは存じませんが、よほど重大なミスと感じられたのでしょうか。
あなたも軽く受け流すことができればよかったのでしょうが、自分でも気にしていることに関わる内容なだけに、いたく傷つき、理不尽だという感情だけが残っているようです。相手に対する不快な気持ちから、こんな思いをしてまでボランティアを続けることもないのではと悩んでおられるのですね。しかし私には、ここはボランティアの経験を通して培ってこられた、あなたの人間としての真価を発揮するときであるように思えるのです。
人は年を重ねるにつれて「他人の欠点はあからさまに指摘しないで、傷つけないよう円満に対応するべきだ」という意識が強くなるように思われます。それと同時に、他人から受ける批判はもとより、悪意のない指摘やアドバイスに対しても素直になれず、自己を正当化して、かえって傷つきやすくなる傾向があるようです。ここは自分の失敗について、まず冷静に、素直に、明るく受けとめることが大切であると考えます。
ボランティア活動は、なんらかの社会貢献を意図した自発的な善意に基づくものですから、あなたもそこにやりがいを感じて活動を続けてこられたのでしょう。しかし、善意の人が集まるグループであれ、そこに人間関係が存在する限り、一人ひとりの気質や性格の違い、さらにはその時々の互いの都合や体調などによって、意見の対立や誤解が生まれることもあるものです。あなた自身も、これまでさまざまな行き違いを経験する中で、互いに許し合い、受けとめ合いながら、自己理解・他者理解を深め、心を美しくする努力をしてこられたのではありませんか。
今回の苦い体験によってボランティアから身を引いてしまうのは、あなた自身にとっても相手の方に対しても、賢明さと誠実さに欠ける対応といえましょう。今日まで努力を重ねてきたにもかかわらず、ここで怒りや不快感をつのらせて人生に遺恨を残すのは、残念なことです。
もちろん、体力的にも精神的にも「そろそろ後進に道を譲ろう」という冷静な気持ちから身を引くというのであれば、それもよいでしょう。しかしその場合も、自分にも非があったのであれば「ごめんなさい」と言えるだけの勇気を出していただきたいものです。

平成30年1月号

 

Q:不登校の子供との関わり方

男2人、女1人の母親で、看護師として長年働いてきました。長男は就職しましたが、高校生の二男と中学生の長女が不登校で、私もうつ状態になり、退職しました。子供と過ごす時間が増え、長女は元気を取り戻しつつあり、二男も自分の気持ちを話すようになってきました。夫の両親と同居していますが、義母は子供に「学校に行くべきだ」と厳しく言い、認知症の義父にも冷たい態度で、別居を考えたこともあります。子供との関わり方についてのアドバイスをお願いします。(50代・女性)

A:子供の自立心を育てよう

子育てと夫の両親との同居生活に、生計を支えながら努力されている姿が浮かんできます。義父は認知症、義母は介護にあまり協力的でない様子。さらには下の子供二人が不登校になり、苦慮する中でご自身がうつ状態になり、退職に至ったようです。その後は、不登校の二人に好転の兆しが見えてきたものの、義母からは冷たく厳しい態度で非難され、子供たちとどのように関わっていけばよいかと悩まれているのですね。
子供たちの先行きに不安を感じておられるようですが、まずはあなた自身が退職を機に自分を取り戻し、子供を見守り対話する時間が増えたことで、お互いの心の距離が近づいてきたようですから、これを好機と受けとめたいですね。
自我を確立していく過程にある中学生や高校生の多くは、心の内と外にさまざまな不安を抱えているものです。周囲の大人たちがどのように見守り、対応するかによって、子供の心の状態は大きく変化します。
あなたには、この状況を「子供たちの今後のために家の中をどのように整え、課題に取り組んでいくかを考える絶好のチャンス」と、前向きにとらえてもらいたいのです。このような機会がなければ、たいていは経済生活をいかに営むかという点には気をつかったとしても、各自の人生をどのようにつくっていくのかを改まって考えたり、語り合ったりすることはないのではないでしょうか。
幸い、子供たちは中学生以上ですから、人生の目標を語り合い、その理想に向けてどのように現状を打破していくのかを自覚的に考えるような時間をつくることができたら最高です。そのような中で、人生を確立していく主人公は自分であることを自覚し、家族とはいえ一人ひとりが違った志や個性を持つ中で、お互いに協力し合いながら歩んでいくことが大切であると、理解し合いたいものです。家族の相互理解の上に信頼感が育まれたなら、お互いの努力、そして協力への意欲も高まっていくと考えます。
したがって、ここは少し時間をかけても、子供たちの成長意欲を引き出し、心の内を理解し合うことに気持ちを集中してほしいと思います。そのようにして子供たちの思いを十分に理解できたとすれば、子供たちも家族の一員として、力を合わせて祖父のお世話にも取り組めるような雰囲気が家庭内にできてくると思います。

平成29年12月号

 

Q:会長職を引き受けるべきか?

数年来、軽い付き合いのあった近隣の里山自然公園を守るNPO法人で、会長を引き受ける人が誰もいないという理由から、私が頼まれました。しかし、私はそのような器でもなく、家族(妻、老親)も強く反対しています。そのような状況で無理に引き受けても、よい結果が生まれるとは思えません。どのように考えたらよいのでしょうか。アドバイスをお願いします。(60代・男性)

A:感謝し、楽しむ「心のゆとり」を持って判断を

NPO法人の会長職に推薦されたものの、自分としてはその器ではないと思い、また家族の反対もあって、断りたいと考えておられるようです。しかし、「なり手がないんだよ」と頼まれると、不安に思いながらも承諾したほうがよいのだろうかと、心が揺れているのですね。
社会人としての公的な職業生活が一段落し、知人との縁などから楽しんで社会貢献をしようと、その団体と付き合ってこられたのでしょう。しかし、会長となると責任が重くのしかかり、付き合いもこれまで以上に求められます。慣れない立場になることには、誰もが不安に思うものです。役割に忙殺され、人間関係に気をつかい、自分のゆとりの時間がなくなるとなると、しりごみされるのもよく分かります。
数年来の付き合いがあった団体とはいえ、あなた自身にその気がなければ、気にすることなく断ることができるのではないかと考えます。要請を受けたことに責任を感じておられるのは、推薦者との個人的な関係とともに、NPO法人の理念に共感し、活動を継続していきたいという気持ちが心のどこかにあるのでしょう。自分の力量に慎重で消極的な判断をしている面と、社会に役立つことをしたいという気持ちが、心の中に葛藤を生んでいるようです。
人間というものは、いくつになっても成長するものであり、意義ある人生を送りたいという意欲がなくならない限り、問題に直面しては悩むものです。しかし、それを乗り越えるたびに心地よい緊張感と充実感を味わうことも事実です。若い時代であれば、理想と現実、目標と自分の実力とのギャップに悩みながらも、少々の苦労や失敗があっても挑戦しようと決断し、その体験を通じて成長していくものです。
あなたは今日まで、どのように人生を歩んでこられましたか。消極的に、より安全な道を選んでこられたのでしょうか、それとも積極的に挑戦してこられたのでしょうか。また、今後の人生はどちらの道を歩んでいこうと考えておられますか。ご家族は無理をしてまで挑戦することはないと考え、無難な道を勧めているのでしょうから、あなたがはっきりとした意思を持っていないと、今回の場合、明確な判断を下せないことになります。
いずれにせよ、「自分の判断に対しては誰も責任を取ってくれない」ということをよくわきまえて、「自分の人生に感謝し、楽しむ」という心のゆとりを持って判断されればよいでしょう。会長職を引き受けるか否かにかかわらず、自分の道に自信を持って進まれることをお勧めします。

平成29年11月号

 

Q:約束を破る人が許せない

長年の疑問についてお尋ねします。約束を破る人についてです。会う約束をしていた友人から直前になってキャンセルされ、ひどいときは1人で旅行をしたこともあります。約束を破った友人は悪びれた様子もなく、私はいつも傷ついたり怒ったりです。私は小さな約束でも守れるように、念入りに事前の調整をするのですが……。予定の変更は仕方のないことかもしれませんが、相手に軽んじられているのではないかと思うことがあります。どのように受けとめたらよいでしょうか。(40代・女性)

A:勇気を出して気持ちを伝える努力を

長いお付き合いのご友人なのでしょうか。普通、約束を破ったり破られたりすると、お互いにいやな気分だけが残るものです。でも、あなたの友人は約束を破っても悪びれるところもなく、あなたの苦痛や怒りにも頓着せずに、「ごめんなさい」とあっさり済ませる人のようです。あなたは不審を抱きながらも、その友人とは仲よくしたいという思いもあり、自分の気持ちを訴えることもできず、対応に悩んでおられるのでしょう。
今のあなたは、自分の受けとめ方を変えることで、なんとか解決していこうと考えておられるようです。しかし、このままでは友人と対立はしないものの、よい関係が長続きするようには思えないのですが、どうでしょうか。
ほかの人から不適切な行為や態度を受けた場合、どのように対応するかによって、あなた自身の健全な成長を左右するということは、あなたも気づかれているでしょう。大切な人であればあるほど、相手を尊重しつつ、理解できないところは丁寧に聞き、相手の思いや事情に耳を傾け、理解し合うという基本的な姿勢を持ちたいものです。
あなたが今、友人に対してそのような態度が取れない、あるいは友人が耳を貸そうとしないのであれば、それはあなたにとっても友人にとっても不誠実な人間関係であると言わざるをえません。それはお互いに大切な成長の機会を放置していることになりましょう。
人には自分1人では気づけない短所や長所があるものです。でも、相手の短所ともいえる考え方や態度を無理やり変えようとするのは心地よいことではなく、人間関係を壊してしまうことにもなりかねません。あなたにとって大切な友人であれば、なおさら相手を心から尊重しながら、語り合い、学び合い、成長し合うという努力をしてほしいと考えます。
今までも何度か同じような苦い体験をしてきて、今さらそんなことはできないとお考えになるかもしれません。しかし、私は慎重に自分自身に挑戦していただきたいと思います。人間はいくつになっても人間的に成熟するもので、あなた自身が成熟し、相手と理解し合った分だけ、生きる喜びや充実感が増えると確信するからです。
あなたはこれまで自分の気持ちを抑え、相手の自発的な善意を待つという消極的な態度を取ってこられたようです。しかし、ここは友人と親しく語り合うチャンスをつくって、あなたの素直な気持ちを丁寧に聞いてもらってはどうでしょうか。結果を案ずるのではなく、勇気を出して、あなたの気持ちを伝える努力をしてみてください。自分の誠意を伝えることで、自分に挑戦してみてください。きっと新しい自分に出会うことができるでしょう。

平成29年10月号

 

Q:自分らしい人生を歩みたい

2年前に離婚しました。元夫の事業不振や育児に対する考え方の違い、姑からの心ない言葉。笑顔があり、くつろげる家庭をつくろうと努力しましたが、心の休まる日はありませんでした。私が2人の子供を育てていますが、時期をずらして不登校になり、私自身も苦悩の中で人生を振り返りました。元夫は転職し、少し変わったようです。家族4人が元に戻って温かい家庭を築くべきと思う一方、子供が自立したら自分らしい人生を歩みたいとも思います。このような考えは罪深いのでしょうか。(40代・女性)

A:子供を育て上げる責任を第一に

2年前に子供を連れて離婚し、1人で子育てに苦心されているとのこと。努力はされたのでしょうが、夫の事業不振というタイミングの悪さもあり、夫や姑との関係がこじれて離婚に至ったようです。
一般的に40代は、仕事においても家庭内においても認められたいという社会的欲求が出やすい時期です。あなた方の場合、その欲求が相手に向いたうえ、子供たちの自立の問題や、姑からの期待がからまって、破局に至ったのでしょう。相手への期待が大きければ大きいだけ、自分の感情を抑えきれなくなるものです。その結果、相手を攻撃したり絶望したりという結末を迎えることになったのであれば、残念なことです。
しかし時間と距離を置いた今、あなたは少し冷静さを取り戻されているようです。その後、転職した元夫が落ち着いていることや、2人の子供の不登校によって、夫婦の協力の必要性を実感され、家族4人での生活を再考されているようですね。
復縁があなたの望むように実現するかは分かりませんが、ここではあなたの心が前向きになっているようですからあえて申し上げます。
まず、可能な限り、親は2人して子供を正しく育て上げる責任あることを銘記したいものです。結婚をして子供が授かったあなた方には、子供を立派に自立させるまでの義務があり、これを他人任せにしてはならないと考えるからです。
どのような夫婦も、時折、対立や苦悩から逃げ出したくなることがあるものです。しかし、この苦悩を克服することなしに、お互いの人間としての成長や喜びは得られません。あなたの「自分らしく自由にふるまい」たいという思いも、共に喜びを分かち合う相手がいなければ、その自由はむなしいものです。
子供を育て上げた後で、あなたがどのような生き方を選ばれるかはお任せしますが、離婚を前提にして、子育ての間だけ辛抱するというのでは、それは真の愛情ではありませんから、悲しい結末に至りましょう。ここは冷静に2人して、これからの子供たちの人生について語り合いたいものです。そうする中で、相手が自分に向けてくれた思いやりにも気づき、お互いを認め合い、許し合い、尊重し合うことがどれほど大切であるかに気づかされるでしょう。
他者と対立したときは、相手への要求心が大きすぎたことを反省する以外に事態を好転させる道はありません。子供たちの健全な成長を第一に、自分自身の人生ためにも、勇気を出して歩んでください。

平成29年9月号

 

Q:海外で働く娘が心配

20代の娘は昨年、海外にある会社に転職しました。海外で働くことは学生時代からの夢だったようですが、最近はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス=インターネット上の会員制サービス)で「この国に貢献することが私の使命」と公言しています。親としてはそこまでの覚悟とは思わなかったため、困惑しています。連絡しようにも途上国なので、電話がなかなか通じず、手紙も届いたり届かなかったりします。どうしたらよいでしょうか。(50代・主婦)

A:覚悟と祈りをもって見守りたい

若い人々が海外へ雄飛し、世界中の人々の中に入って人間関係を築きながら仕事をし、協調と平和を実現していく時代です。娘さんは学生時代から海外で働くことを夢とし、今では「この国に貢献することが私の使命」と公言しておられるというのですから、目標に向かってたくましく生きておられることに、まずは敬意を表します。
とはいえ、国内とは事情も違って、親としては心配の種が尽きることはないでしょう。安心と安全がかなり保障されている日本で暮らしていると、海外での生活に不安を感じる気持ちも分からないわけではありません。
しかし、少し冷静に考えると、どの国にも善き人がいれば悪しき人もいるわけで、不安ばかり抱いて足を引っ張っていても、娘さんの人間的な成長を妨げることになるでしょう。ここは娘さんの危機管理能力を信じつつ、案じながらも前向きに、親子共々が国際的日本人になるという覚悟をする機会ととらえていただきたいと思います。
今日では国内にいても海外にいても、危険はいつも隣り合わせです。どんなに安全に気を配っても、現実の社会において、何事に遭遇するかは計り知れません。だからこそ国家は自国民の安全に、また、それぞれの集団はそれぞれの場面での危機管理に最善を尽くすのです。
日常の経済活動を中心にグローバル化が進み、私たちの生活が自由と多様性に向かっていく限り、究極的には個人が正しい道徳的判断力とたくましく生き抜く力を養い、自己管理をしていく覚悟が不可欠になっています。
今や私たちは、言葉や生活習慣、生活信条や信仰など、さまざまに異なる価値観の中で、平和を実現するために、互いに尊重し合い、信頼をもって共存することが不可避な時代に生きています。各個人の人間力も、重要性を増しています。そしてこれらの力を使って、共に今を生きている人々と心のつながりを保ちながら、互いの「いのち」の根源といえる自然や国家や家族への愛を実現していく必要があります。
娘さんはそんな意志を持って、海外で、現地の人たちと共に、生きる喜びを分かち合おうとしておられるのではありませんか。祖国への誇り、家族との絆、他者への愛情を抱きつつ、今、目の前にある使命に挑戦されているとすれば、「少々のことがあっても大丈夫」という覚悟を持って、見守ってあげてもいいのではないかと考えます。
一人ひとりが自分の天賦の才を生かし、天命に生きる時代が到来していると理解し、不安を祈る力に変えて見守っていく勇気を奮い起こしていきたいものです。

平成29年8月号

 

Q:職場の先輩の態度に悩む

私の勤め先は、社員十数名の会社です。勤続年数の一番長い女性は、日ごろから好き勝手なふるまいをしており、自分の意に添わないと、あからさまにいやな態度をします。例えば、気の合わない人の前では、わざとらしくマスクをして、口をききません。このことはほかの社員もおかしいと思ってはいるのですが、面倒なことに巻き込まれるのを恐れて注意もできないのです。今の状況を改善するには、どうしたらよいでしょうか。(20代・男性)

A:自分の職務に明るく徹するところから

勤続年数が最も長い先輩女性のわがままに、周りの従業員は不愉快な思いをしながら耐えておられるようです。あなたはなんとかしたいと思いつつ、どのように関わっていけばいいかが分からずに困っておられるのでしょう。
勤め先の上司や先輩、時には同僚の自由気ままなふるまいに悩まされることは、よくあることです。特に経験が浅いうちは、人間関係ばかりが気になって、自分を見失ってしまうことさえあるものです。
社内の就業規則が明確になっている場合は、不快でわがままな行為を律するという雰囲気もつくりやすいのでしょうが、そうでない場合、あなたのような存在は、会社にとって宝物です。小さな人間関係の問題とはいえ、大切な生活の場である職場環境の問題を放置しておくのは賢明とはいえません。しかし、相手を変えようとするのではなく、自分の周囲との関わり方を変えていき、徐々に職場の雰囲気をよくしていくように努めましょう。
ただ、一人でなんとかしようと考えるのはやめましょう。先輩や仲間の協力なしには、うまくいかないでしょう。そして、あなた自身は新しい自分に挑戦する好機と考えて、まず職場での自分の責任の果たし方について見直してみましょう。
当面の目標は、先輩女性に態度を改めてもらいたいということですが、現実的には、皆が協力し合って会社の社会的使命を果たしやすい職場の雰囲気をつくることにあるわけですから、この問題から少し距離を置くことも必要です。
どのような人も、他人には言えない個人的な悩みを抱えているものです。他人に不快感を与えずにはいられないようなつらさを抱えておられるのかもしれません。当人も、本心では他人とうまくやっていきたいと考えておられるのでしょうが……。非難する気持ちからは、人の和は実現されません。
この問題を改善していくには、当の本人を悪者にすることなく、大きな心と粘り強い忍耐力と、仲間への信頼感を持続することが求められます。多少時間はかかっても、その先輩の心の味方になり、まずは明るい挨拶、快い返事、謙虚な仕事ぶりを通して、職場の雰囲気をよくすることを念頭に、今、目の前にある仕事に情熱を傾けてください。焦ることなく、邪を破らず誠意をもって、誰もが職場に来ると元気になれる雰囲気をつくる努力をしましょう。
職場の問題を一つずつ、自分の課題として解決していくその姿勢は、あなたを人間的に大きく育ててくれるでしょう。試してみてください。

平成29年7月号

 

Q:親の責任を迫る引きこもりの息子

私どもは3人の男児に恵まれました。現在、40代の長男は他県で家庭を持ち、30代後半の次男・三男と同居しています。三男は小学生のころに不登校になり、現在は引きこもり状態です。最近は「自分がこうなったのは、『善悪の判断』や『正々堂々とした態度』を教えてこなかった父親に責任がある」と迫るようになりました。私は親として、どのように償うことができるでしょうか。息子の将来のために、何をしてやれるでしょうか。(70代・男性)

A:すべてをかけて、もつれを正す勇気を

30代後半になるご子息が、小学校時代からの不登校に始まり、今では引きこもりの状態になっているとのことです。本人も長い年月を経て、なんともやるせない気持ちが募り、その原因を「親が正しい教育をしてくれなかったからだ」と責め立てているようですね。親としても、いろいろ手を尽くしてきたものの、今もって自立できないでいる息子に、自分たちの未熟さを反省しつつも、なんともしてやれない現状への無力感が、いたく感じられます。
何が原因であるかは別にして、親が責任を回避すれば、事態は時の経過と共に悪化するばかりです。ここは「子供たちと共に事態を受けとめよう」という、プラスの覚悟が必要です。
戦後の高度経済成長期を生きた私たちの世代は、自由に物の豊かさを実現することをよしとする空気の中で育ちました。しかし、自分自身が親の立場になったとき、子供たちの心の成長に十分な配慮をしてきたかと顧みますと、さまざまな試練や葛藤に「持ちこたえる力」を養わずにきてしまったのかもしれません。残念なことですが、ご子息も青少年期の心の葛藤をうまく克服できず、自然に発達する自意識や自尊心に対し、心が調わぬまま成人していることになります。親として、してやれることは限られ、子供との対立や抵抗も、時と共に大きくなっているのを実感されていることでしょう。
ここは、専門家の手を借りることが必要です。精神科医やカウンセラー、さらには地域の自立支援センターなどとも相談し、本人の意思で動き始めるように導く道を探りましょう。冷静に過去を受けとめ、自分自身を取り戻すことを目標に、自分で歩み始めることを支えてくれる人と出会えることが、現状を打開する鍵になるからです。
このような他人の援助は不可欠ですが、その基本は家族みんなの足並みです。親の責任において、家族全員がこのもつれた糸をつむぎ直していく覚悟を共有したいものです。なんといっても両親と子供たちとの間に、お互いの愛情と信頼と尊敬を取り戻す機会にしてほしいのです。
長い間に複雑化した問題を正し、心の傷を癒していくには、不退転の覚悟が必要です。しかし、あなたが全身全霊をかけて、子供の将来のために祈り、どんなに誹謗されても家族と共に人生を全うするという粘り強い親心を持って歩む限り、運命の神は決して見捨てることはないと信じます。
どうか心を正して、苦悩のうちに犠牲を払うことを喜びとして、大きな勇気を持って歩んでくださるよう祈ります。

平成29年6月号

 

Q:友人の将来が心配

私の友人は、中学のときに途中で部活動を退部、高校2年生のときにはついに中退してしまいました。「将来は料理人になりたいので、それ以外のことに時間を取られたくなかった」と言っていましたが、ここ数年は引きこもりの状態が続いています。高校中退後も10年ほど友だち付き合いがありましたが、昨年、私がきつく説教をしてしまい、以来、絶交状態にあります。これから私は、彼が独り立ちするのを待つべきでしょうか。あるいは何か、はたらきかけるべきでしょうか。(20代・男性)

A:友人と共に成長しよう

20代後半になった引きこもりの友人に、なんとか手助けをしたいが、どのようにはたらきかけていけばいいかと案じておられる様子です。
詳しい経緯は分かりませんが、中学生のときに部活を退部し、高校も中途退学をしたということですから、そうした挫折の経験がその後の生き方に影を落としていることは否めないようです。また、料理人として生きていくことを目標にしながらも持ちこたえられず、今日に至っているというのは、当人としても、思うようにいかない人生に落胆しておられることでしょうね。
無二の友ともいえるあなたも、そのような状態の友人を励ましたくて、結局は説教をしてしまい、絶交状態になっているということです。
現実の厳しさを考えますと、本人だけの努力で独り立ちすることは難しいように思えます。さらには、そこに第三者の協力があったとしても、彼自身に前向きな姿勢と覚悟がわいてこない限り、一人の人間として自立していくことは難しいという点を、あなた自身が認識しておく必要があるでしょう。
いかに親身になっても、他人がその人になり代わることはできないのですから、支援することにも限界があります。また、私たちは、自分の成育過程において達成しておかなければならない課題があり、その時機を逃すと、年齢が加わるにつれて、ますます自立することが難しくなるという事実をわきまえる必要があります。
ここは、あなた一人の力でなんとかしようと考えるのではなく、あなたとその友人の持っている資源(知的・道徳的・体力的・精神的特質、さらには協力者など)について理解をし、共に考えてくれる両親や恩師、信頼できる先輩などの力を借りることを考える必要があります。
「鉄は熱いうちに打て」とは古来の名言ですが、幸いまだ20代。やり直しがきかないわけではありません。友人の心に火を点ける何者かに出会わせることができるかどうかが問題です。このままずるずると過ごしていては、明るい未来は開けません。
その気持ちを切り替えさせるには、まず友人を外に引き出し、体から友の心を動かしていく必要があります。具体的には「話し合う」「旅をする」「行をする」「人に会う」ことがお勧めです。あなたがそうした時間を彼と共に過ごせれば最高です。友人が今、みずから相談できる相手を持っていないとすれば、あなたが彼の心の友となるよう心がけてください。
もちろん、あなた自身も自分の人生を着実に歩み、信頼して相談できる親や仲間との絆を強めていくことを忘れてはなりません。友人と誠実に関わる中で、共々に人間的に成長されることを祈っています。

平成29年5月号

 

Q:国際結婚の是非

私には同じ会社で働く外国人の恋人がおり、交際5か月目でプロポーズされました。しかし、母と祖父母は「外国人だから無理なものは無理」との一点張りで、猛反対です。彼をわが家に招待したときは、楽しく談笑していたにもかかわらず、「この結婚を進めたら親子の縁を切る」とまで言われています。私は、グローバル化が進む今、結婚に国籍は関係ないと思うのですが、将来、子供ができたときに家族の仲が悪いのはよくないとも思い、不安を感じています。(20代・女性)

A:親を非難するのではなく、しっかり自立を

外国人の恋人との結婚について、お母さんやおじいさん、おばあさんに猛反対され、立ち往生していらっしゃるようです。
結婚という人生の一大事に、最愛の人と巡り会うことができたのであれば、すんなりと祝福してあげてもいいのでは……というのが第三者の気持ちです。しかし、ご家族にとってみれば、まったくの異文化の人との生活を思うと、さまざまな不安と戸惑いを抱かれることも容易に想像できます。
今日、私たちの生活はグローバル化が進み、諸外国の人々との交流の機会が増えています。異文化間の対話や相互理解、相互協力なしには、それぞれの国家や地域の発展を実現しがたい時代に突入しているといってよいでしょう。そのような中で出会う男女に、言葉や文化の違いを乗り越えて互いを信じ、愛し合える人間力があったなら、国境を越えた恋愛に進んでいくケースは、これからもますます増えていくことでしょう。
しかし、今回のあなたのような結婚ということになりますと、あなた個人の問題にとどまらず、あなたのご家族がどれほど異文化の慣習に適応できるかということもポイントになります。ご家族の反応をうかがう限り、慣れ親しんだ日本的な生活以外には想像できないほどの不安を感じ、「それなら親子の縁を切る」という拒絶反応が出るのも不思議ではありません。
ただ、冷静なご家族のようですから、頭ごなしに反対しているように見えたとしても、あなたを育ててきた親だからこその強い思いがあるのかもしれません。あなたがこの結婚に対して、どのような苦労があっても耐えていけるだけの覚悟はあるのかと、身を切る思いで問うておられると考えることもできるからです。
あなたにとって、とても大切な彼であるとすれば、なおさら冷静に、決して短慮に走ることのないよう、少し時間をかけることにしてはいかがでしょうか。交際を始めて5か月という期間を考えると、反対されるご家族への配慮、あなたにもある「子育てや家庭不和への不安」の解消、そして彼の家族に対する配慮も必要です。ここは彼との交際を大切に継続しながら、周囲の人々に少しでも安心を与えられるよう、2人して努力されることをお勧めします。
もし、あなたが親の反対をバネにして、真の大人としていっそう深く親の思いを見つめ直し、自分たちの思いも理解してもらえるように粘り強く努力をするのであれば、最後は誰も反対できるものではないでしょう。
要は、自分たちの結婚を考えるだけでなく、誠心誠意、親に安心を与えられるよう、本気で行動できるか否かに、あなたの人生のすべてがかかっていることを心得てください。応援しています。

平成29年4月号

 

Q:皆に分かってもらうには

私は最近、否定的な言葉や人の悪口を言えば、運気は悪い方向に流れ災いを招くと知り、愚痴も含めて言わないようにしていました。しかし、職場の同僚からは、あまりいい感じを持たれません。確かに以前の私は、その同僚と一緒に人の悪口を言ってストレスを発散していましたが、今や猛反省したのです。同僚にもこのことを知ってほしくて「思いやりの心が自身の運勢を好転させる」と伝えたことで、かえって自分の立場を悪くし、ぎくしゃくしています。どうすればよいでしょうか。(50代・女性)

A:まずは徹底して自分に挑戦を

「否定的な言葉や人の悪口を言うことが自分の運勢を悪くする」と知って、自分なりの努力をしてこられましたが、周りの人には好意的に受けとめてもらえないのですね。なんとか思いを伝え、皆にも幸せになってほしいと思って話したことで、かえって反発を受けてしまったようです。
周囲に思いやりの心を広げていこうとすること自体は、よい心がけであると同感しますが、その場の雰囲気や他人の生活態度を変えていくには、相応の忍耐力と時間が必要です。
たいていの人は、自分のふだんの言葉づかいや態度、さらには考え方を変えるように押し付けられていると感じたときには、本能的に反発するものです。これは、高邁な政治・経済のことから家庭や職場の人間関係に至るまで、どんなに正しいと思えることでも、何か新しいことを試みようとするときには、すべての人が同じように賛成し協力してくれるものではないということでもあります。
人には、それぞれ自分なりの考えや事情があり、自分に都合がよければ賛成するといった自己中心性(わがまま)を持っているものです。自分を変えていきたい、そして周りの人ともうまくやっていきたいというあなたの思いは、間違ってはいないのですが、今のままでは周囲の人から「迷惑な人」というレッテルを貼られてしまいかねません。
あなたのように、自分の行いを正して周りの雰囲気をよくしていこうと努力する人があってこそ、社会はよくなるのですから、あなたには負けてほしくないですね。
しかし、そのためには相手を変えようとか説得しようというのではなく、それなりの冷静さと粘り強い覚悟をもって、まずは自分を変えていく努力が必要です。あなたが「自分の言葉や態度が運勢を変える」と気づかれたのは間違ってはいないとしても、あなたは少し焦っておられたのではないでしょうか。その言葉を伝えられた同僚が、決して快い感情を抱かれなかったのですから。
皆に分かってもらうには、自分の存在が周囲から好意的に受け入れられるということが基本ですから、あなた自身が優しく温かく、気持ちのいい空気のような存在になることが肝要であると考えます。
したがって、あなたには、自分で気づかれたことを大切に積み重ね、「否定的な言葉や悪口を言わないことで、人間がこんなに明るく、生き生きとしてくる」ということを、その生きる姿で表してくださることを願います。
人は変われるものだということ、そして、その変わった分だけ喜びを味わえるものであるということを、粘り強く示し続けていってください。

平成29年3月号

 

Q:子供を授からなくても強く生きるには

私には持病があり、子供を授かっておりません。昨年までヘルパーをしていましたが、利用者さんに子供がいないことをなじられ、仕事を辞めました。それ以前の職場でも、繰り返し子供について質問され、長続きしませんでした。正直に病のことも言えず、その人たちをいつまでも恨む日々です。今では人と関わるのが怖くなり、外に出て仕事をする気力もなくなってしまいました。興味本位の人には、どのように対処したらよいでしょうか。子供がいなくても、強く生きていけるでしょうか。(40代・女性)

A:与えられたいのちを受けとめよう

結婚はしたものの、持病のために子供を授かることができない中で、精いっぱい仕事に励んでこられたあなたは、心ない人から冷たい視線や非難めいた言葉を浴びせられ、反論もできずに身を引き、自分の殻に閉じこもりつつあるようです。
一般的には、社会的弱者やハンディキャップを持つ人々への配慮や支援への意識は高まりつつあります。しかし一方で、あなたのように理不尽な思いをされることがあるのも事実で、とても悲しいことです。
今日、科学技術や医学・心理学・生理学等の進歩発展には目を見張るものがありますが、不断の研究にもかかわらず、難病はなくならない状態です。あなたは持病を克服すべく努力されているのでしょうが、なんとも乗り越えられない病気にさいなまれ、苦悩されているようです。
非情のようですが、あなたに与えられた現状を受け入れる以外、前向きに生きる道はないと覚悟する必要があります。ここでは、周囲の理不尽な態度や言動に対して、あなた自身が強い気持ちで生活を全うできるよう、同時に、あなたの態度によって少しでも社会が明るくなるように、一緒に考えてみたいと思います。
ただ、これは決して容易な道ではありません。持病があることに対して、あなた自身が引け目を感じていては、どうにもならない問題であると自覚していただきたいと思います。
人間には、他人の弱みにつけ込んで、自分の弱さや理不尽さを正当化しようとする性質があります。しかし、真に自分の弱み(あなたの場合は持病)を受け入れている人に対しては、よほど悪意のある人でない限り、素直に思いやりの心を発動するものです。
あなたの場合、どうしても子供が授からない状態であるとすれば、それはあなたのせいでも誰のせいでもなく、人間としては受けとめるしかない事柄としてとらえ、自分を見失わないことです。そのうえで、ご主人や仲間の支援を得ながら、無理のない範囲で社会参加を心がけることです。
どのような人でも、社会と関わりを持つ限り、自分のすべてを誰もが快く受け入れてくれるということはありません。自分の中にある他人への不信感や期待感をなくし、自分の素直な気持ちを大切に、周りの人の役に立てるよう、無心に歩んでみてください。他人の言葉に動じることなく、1か月、2か月、3か月と、自分らしさを精いっぱい発揮してください。きっとあなたの味方が1人、2人と現れてくることでしょう。
途中でくじけそうになるかもしれませんが、そのときは頑張りすぎず、天を味方に、ご主人や仲間の力を借りて自分のいのちを輝かしてください。与えられたいのちを素直に生き抜いてくださることを祈っています。

平成29年2月号

 

Q:弟の再就職

実家の弟は、人付き合いの苦手なタイプです。大学を中退した後、親戚の紹介で就職し、5年ほど勤めましたが、仕事上のトラブルの責任を取る形で辞めてしまい、今はアルバイト生活です。母親は、弟のことをかわいそうに思うのか、現状に満足している様子です。私は弟がこのまま年老いていく姿を想像すると、再就職して結婚もしてほしいと思うのですが、弟は忠告を素直に聞き入れる性格ではないので困っています。今の状況で姉としてできるのは、どのようなことでしょうか。(30代・女性)

A:お母さんの味方になって

結婚され、実家を離れたあなたは、弟さんと実家が今後どうなっていくのかを案じておられるのでしょう。今はいいとしても、弟さんの将来の結婚や自立のことを考えると、「弟をなんとか再就職させ、母親にも安心してもらいたい」という気持ちで焦っておられるのでしょう。
ご質問からはお父さんの存在がうかがえませんが、お母さん一人のご苦労で育ててこられたのでしょうか。「弟は忠告を素直に聞き入れる性格ではない」とありますので、現時点で、あなたの心配はご本人に快く伝わっていないようですね。
今日の日本社会は二極化しつつあります。パートやアルバイトなどの非正規雇用で生活する青年男女が増え、至るところで就労支援や育児・結婚支援などが議論されていますが、問題の根は深く、特効薬があるわけではありません。これは国全体の問題でもありますが、他人頼みにするのではなく、究極的には一人ひとりが「自分の人生は自分で切り開く」という強い意志を持って、冷静に受けとめる必要があります。
そのことを了解したうえで、あなたの「弟になんとかやる気を出してもらい、人生を前向きに歩んでほしい」という思いについて考えてみましょう。
弟さんには今のところ、その意欲が湧いていないようです。大学を中退し、親戚の紹介による就職先もトラブルの責任を取って辞めたということですから、自己肯定感も向上心も乏しくなっているだろうと言わざるを得ません。
一方、あなたはお母さんに対して「弟を甘やかしている」と少し非難する気持ちを抱いておられるようですが、そうした批判的な思いを抱いたままで、誰かを前向きに励ますことができるでしょうか。そんな気持ちで忠告するあなたの言葉に、弟さんは素直に耳を傾けるでしょうか。
人が希望を持って前向きに歩み始めるためには、自分に少々自信がなく、外で失敗して落ち込むことがあっても、大きな心で温かく受けとめてくれる強い味方の存在が不可欠です。弟さんの身近には、そのような存在があったでしょうか。
先にお父さんのことを申しましたが、もし父親不在ということであれば、お母さんがその役目も果たしてこられたということですから、あなたはまず、お母さんの味方になって、共に弟さんを温かく受けとめ、支える態度で見守っていくことから始める必要があると考えます。
「強く生きる」という基本的な姿勢は大切ですが、その強さを引き出すのは、粘り強く温かい慈愛の態度です。その点を心に刻んで、弟さんに接していただきたいと思います。
人は自分の内側からやる気が湧いてこない限り、前向きに歩むことはできないのですから。

平成29年1月号