「心のしおり」

​「心のしおり」について

毎号のニューモラルのテーマについて、わかりやすくまとめています。
学習の資料としてもご活用ください。

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【Vol.183】母に感謝する日

5月の第2日曜日を「母の日」とする習慣は、100年ほど前にアメリカで始まり、日本においては戦後に定着しました。国内では、5月5日の「こどもの日」についても、法律で「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日と定められています。
こうした機会に親へプレゼントを贈ったり、食事や旅行に招待したりする人も多いことでしょう。しかし「親への感謝の気持ち」とは、そうした形でしか表せないものなのでしょうか。

​私たちは、誰もが親から「いのち」を与えられ、この世に生を受けました。その親にも「親」があり、そのまた親にも「親」があります。私たちの「いのち」は、先祖代々の「いのちのつながり」の中で、脈々と伝えられてきたものです。
しかし、人間が生きるということは、そうして与えられた「いのち」だけでは成り立ちません。生育の過程では、必ず「どうかこの子が元気に育ち、社会の中でしっかりと生きていくことができるように」と祈りつつ、養い育ててくれた人がいたはずです。生みの親にしても育ての親にしても、そうした温かい「親心」を受けた結果、私たちの今があるのです。
「身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」(『孝経』)というように、自分自身を大切にすることは、親孝行の第一歩です。何より忘れてはならないことは、「親に安心を与える」という心がけです。親の心を思い、報告や相談をこまめにすることも一つの方法といえますが、親がすでに亡くなっている場合などでも「親が安心するような生き方ができているかどうか」を日々、自分自身に問い、生き方を正していくことはできるのではないでしょうか。
私たちは、毎日を「親を思う日」として、感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいものです。それは、自分自身がしっかりと人生を歩むうえでも大切なことであるのです。

平成29年5月号

 

 
【vol.182】主体的に受けとめる

私たちの生活の中では、すべて自分の思うように事が運ぶとは限りません。忙しいときに限ってトラブルが発生したり、大変な仕事が降りかかってきたり、時には不運と思える出来事が次から次へとやってきて、“どうして自分だけがこんな思いをしなければならないのか”と感じることもあるでしょう。
しかし「自分自身のイライラした気持ち」こそが「次のトラブル」の原因となっていた――そんな可能性もあるのではないでしょうか。

人生を送るうえでは、必ずいろいろな問題に直面するものです。そこには、無意識のうちに招いてしまった問題や、自分には直接責任がないと思われる問題もあるでしょう。しかし、いずれにしても、私たちは時間をさかのぼって人生をやり直すことはできません。また、他の人に自分の境遇を代わってもらうこともできません。
「問題に直面した」という事実が変えられないのであれば、文句や愚痴を言うのではなく、むしろその問題を主体的に受けとめ、前向きな気持ちで事態の改善に取り組みたいものです。思いがけない困難や不運をも「自分の人生を好転させるきっかけ」として、感謝の心で受けとめる人は、いかなる逆境にあっても力強く生き抜くことができるでしょう。
そのような歩みを続けていったなら、時がたち、冷静に振り返った際に「あの出来事があったからこそ、今の自分がある」と思えるときが来るのではないでしょうか。

平成29年4月号

 

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【vol.181】「注意」に込める思いやり

ある夜、自宅近くの路地を歩いているときに、背後からやって来た無灯火の自転車と接触しそうになったAさん。
「危ないじゃないか! ライトをつけて走りなさい!」
慌てて身を引き、反射的に大声で注意をしましたが、相手は何も言わずに走り去っていきました。不愉快な気分のまま帰宅したAさんは、先ほどの出来事について家族に話します。すると……。
「近ごろ、気に入らないことがあると大声で怒鳴りつけてくるおじさんがいるけど、そういうの、すごく不愉快だよな」
「どんなに正しい忠告でも、あまりきつい言い方だと、言われた人だけじゃなくて周囲もいやな気分になるわよね」
「優しく声をかけられたら素直に従えるけど、いきなり怒鳴られるのはちょっと……」

***

社会をよりよくしていくために、ここで暮らす一人ひとりがルールやマナーについて注意を喚起し合うことは、「よいこと」に違いありません。しかし、時折ニュースになるように、禁煙場所での喫煙や電車の中での携帯電話の使用などを注意したことが原因で、互いに感情的になって言い争いに発展し、時には思わぬ事件を招くことすらあります。
他人の過失を目にした際、非難・攻撃のようにして性急にそれを正そうとすれば、相手を傷つけ、かえって反省の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。また、それが公共の場で行われた場合には、周囲にさらなる混乱を招くことにもなるでしょう。注意をする側も、時機や場所、場合などに十分配慮したうえで、相手の立場を思いやった声かけのあり方を考えていく必要があります。
何より、他人の欠点や過ちを正そうとするときの私たちの心には、往々にして高慢な心が潜んでいるものです。注意の声かけをする際は、正義感で相手を打とうとする心ではなく、謙虚さと「相手の幸せを祈る優しい心」をもって、これを行うことが大切なのではないでしょうか。

平成29年3月号

 

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【vol.180】人の「思い」を受けとめる

奥さんが子供を叱る様子を目にして、とっさに「もう少し優しく言ってやったら?」と口を挟んだTさん。すると、奥さんからはこんな反論が。
「あなたはいつも正論ばっかりね……。確かにあなたの言うことも正しいと思います。でも、あなたは私が子供を叱らなければならなかった事情も聞かないで、表面に出ている私の態度だけを見て批判している」
「だって、あまりにも一方的に見えたから……」と言うTさんに、奥さんは強い口調でこう言います。
「そう言うあなたのほうこそ、一方的じゃないの」

***

私たちは、人と人とのつながりの中で、他の人に支えられていると同時に、他の人を支えている存在でもあります。
そうした中で「よりよい人間関係を築くために必要な心づかい」とは、何より相手に対する「思いやりの心」です。そして「思いやりの心」を持つためには、その人の思いを受けとめ、それを正しく理解することが不可欠でしょう。
たとえ正しい忠告をする場合でも、相手の立場を考えない一方的な対応では、ただうるさく感じられるだけで、大切なことが伝わらないばかりか、互いの関係にひびが入ってしまうことにもなりかねません。「相手は何を考えているのか」「どんな気持ちか」「何を求めているのか」を、まず自分の心を無にして聴き、その人の考え方や感じ方に思いを寄せることが、「思いやり」の第一歩となります。
どのような気持ちで人に接し、どのような心で人とつながっていくか――そうした私たちの考え方や行動が、人間関係をよくも悪くもしていきます。人間関係がよくなれば、自分自身にとっても周りの人々にとっても安心と喜びのある生活が生まれてくることでしょう。

平成29年2月号

 

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【vol.179】「意味」を見いだす

ある土曜日の朝、町の診療所を訪れたYさん。ところが、パソコンのトラブルでカルテ作成などの事務手続きが一切できない状態になった診療所では、職員総出で対応に追われていました。診察がいつ始まるとも分からない状況に、Yさんはイライラを募らせます。そのとき、患者の1人が「おい、いつまで待たせるんだ!」と怒鳴り始めて……。

***

私たちは、自分の意に染まない事態に直面したり、思いがけないトラブルに見舞われたりすると、憂鬱な気分になるものです。
そうしたときは“こんなことになったのは他人や環境のせいだ”と考えるほどに、不平や不満、イライラが募っていきます。その気持ちを相手にぶつければ、不和や争いの原因になるでしょう。一方、自分の心の中に押し込めたなら、徐々にストレスがたまって、自分自身を苦しめることになるでしょう。
ひとたび起こってしまった事態は、元に戻せるものではありません。しかし、いつ、いかなるときも、自分の心一つで変えられることがあります。それは「自分はその出来事をどのように受けとめるのか」という点です。
自分の目の前で起こった出来事は、その原因が自分自身にあるかどうかを問わず、「この出来事は、自分にとってどんな意味を持っているのか」「この経験を、今後にどう生かすことができるのか」について、建設的に考えてみたいものです。どのような出来事でも、受けとめ方次第で、自分にとってプラスにすることができるのです。
私たちの人生は、新しい出来事との出会いの連続です。大切なことは、その出来事を「どのような心で受けとめるか」です。日々の生活の中で心に何を思い、何に心を動かし、物事をどのように判断していくか。そうした心の姿勢こそが、喜びの多い人生を築く鍵となるのです。

平成29年1月号