(その1. 6歳〜11歳) その2.はこちらから


大すきなかぞく

青山 昂正あおやま こうせい(6歳) 茨城県鹿嶋市

 ぼくのかぞくは、パパとママとじいちゃんとばあちゃんと大ばあです。ぼくは、パパとママがしごとからかえってくるまで、いつもじいちゃんやばあちゃんとあそんだり、べんきょうをおしえてもらったり、えをかいたりします。
  ぼくの友だちがくると、ばあちゃんは、「いらっしゃい。」といって、いっしょにあそんでくれます。じいちゃんは、じやたけうまやたっきゅうをおしえてくれます。ときどきじいちゃんと山までいっておさんぽもします。
  じいちゃんは、はたけでにんじんとだいこんとキャベツといちごをそだてています。ぼくたちかぞくのためにつくってくれます。
  りょうりは、ばあちゃんがシチューやカレーライスをつくってくれます。ぼくは、おいしくて2かいもおかわりします。
  パパは、サッカーをおしえてくれます。「しんけんにやれ」といってキックをおしえてくれます。ぼくもパパのようにじょうずになりたいです。
  ママは、いつもやさしいです。でも、おこるとこわいです。大ばあは、いつもにこにこしています。ぼくのかぞくは、ぼくのたからものです。みんな大すきです。

                     


お父さんのピアノ

木濟 有希きさい ゆうき(7歳) 茨城県桜川市

 わたしのお父さんは、ピアノがとてもじょうずです。わたしやお兄ちゃんが右手のれんしゅうをしていると、いつのまにか、となりにお父さんがやってきて、左手のばんそうを入れてくれます。お母さんより、ずっとずっとじょうずなので、
「ここのわ音は、どうひくの?」
と、お母さんもお父さんにピアノのひき方を教わっています。わたしとお兄ちゃんの音がくの教科書も、すらすらひいちゃうお父さん。
「じょうずだね。」
とほめられると、
「それほどでもないよ。」とはずかしそうにしているけど、88こもあるけんばんのはしからはしまでつかってばんそうするお父さんは、ほんとうにかっこいいと思います。とくに、お父さんのひいてくれる「ビリーブ」は、とてもうたいやすくて、お父さんのピアノのまわりには、わたしもお兄ちゃんも、お母さんも、かぞくみんなが、あつまってしまいます。ずっとひみつにしているけど、わたしがピアノをがんばっているのは、いつか、お父さんみたいに、じょうずになって、いっしょにれんだんしたいから。がんばるから、まっていてね、お父さん。



わたしのかぞく

神谷 万優かみや まゆ(8歳) 茨城県猿島郡

 わたしのおとうさんは、とてもおもしろいです。いつもじょうだんを言って、わたしたちをわらわせてくれます。おしごとがいそがしいのに、休みの日には、いろいろなところにつれていってくれます。
  おかあさんは、いつもおいしいごはんをつくってくれます。わたしがないてしまった時は、やさしくなぐさめてくれます。おかあさんのそばにいると、なんだかあったかい気分になります。
  おにいちゃんは、しゅくだいでわからないところがあると、かんたんに教えてくれます。それに、楽しい話をいっぱい知っていて、わたしやいもうとを楽しませてくれます。
  いもうとは、わたしがいえにかえるのを楽しみにまっていて、
「おねえちゃん、いっしょにあそぼう。」
と、かわいいこえで言ってきます。そのこえを聞くと、わたしはじ分のことはあとまわしにして、いもうととあそんであげたくなります。
  たまにけんかをすることもあるけれど、わたしは、かぞくのみんなが大すきです。これからもずっとなかよくたすけあっていきたいです。


 

大すきな家ぞく

北島 安里沙きたじま ありさ(8歳) 茨城県古河市

 わたしが、ようち園のときのことです。遠足の三日ぐらい前の日に、お母さんが、大ケガをして入いんしてしまいました。
  お父さんとお母さんとお姉ちゃんと私の四人ぐらしだったのにとつぜん、三人ぐらしになってしまってさみしかったです。そんな時お父さんが
  「大じょうぶだよ、心ぱいないよ」っていつも私を力づけてくれました。お姉ちゃんも、いつもよりずっとやさしくなって、あそんでくれました。
  朝ごはんは、お父さんが早起きして、作ってくれました。お父さんが仕事のときは、おばあちゃんがいつもきてくれました。遠足の用意も、お父さんがしてくれました。はじめてのおとまり遠足だったので、下着や次の日のきがえなどをスーパーのふくろに入れて表にマジックで、@、A、B、と番号を書いて、
  「このじゅんばんにだすんだよ」と教えてくれました。私は小さいときからずっとみんなに大切にされてきたなぁと思います。どんなときもすぐそばに家ぞくがいてくれる。いつまでも、みんなが元気で、長いきしてくれたらいいなぁ・‥とおもいます。
  お父さん、お母さん、お姉ちゃん、ずっとずっとげんきでね。


 

わすれられないかぞくのことば

山中 ゆう大やまなか ゆうだい(8歳) 茨城県古河市

 ぼくは2年生です。はしることが大すきです。でも、ようちえんの年ちゅうのときのうんどう会でどうしてもかてない女の子がいました。年ちょうになったとき、またまけるのかなーとおじいちゃんの前で言ったら、おじいちゃんが、じかたびをはきだしてついてこいと言いました。うらのじんじゃにいくと、おじいちゃんがぼうで大きなまるをかきだしました。ゆう大これかられんしゅうだと言って、ぼくとかけっこのれんしゅうをしてくれました。おわったあと、おじいちゃんとぼくはろうかにすわってコーラをのみました。おじいちゃんは、これだけれんしゅうをしたのだからあしたはきっとかてるとわらっていいました。それから、やるまえからあきらめていたらなんでもまけだといいました。ぼくは、つぎの日のうんどう会で、おじいちゃんに言われたことばを思ってはしりました。ぼくは1とうになれました。
  今でも、だめだと思う時は、おじいちゃんの言ってくれたことばを思い出します。ありがとうおじいちゃん。おじいちゃんがこまった時は、ぼくもいっしょに考えてあげたいと思います。


 

かぞくはだいすき

吉田 涼香よしだ すずか(8歳) 茨城県つくば市

 私のいえには、大好きな人がいます。それは、やさしくて元気なお父さん。おかしづくりが好きなお母さん。そして、仲よしな妹。
  お父さんのとくいなことは虫とりです。おかあさんがとくいなことは、りょうりです。妹は、せんたくものたたみがとくいです。お母さんがつくったりょうりはとってもおいしいです。お父さんも妹もおかあさんのりょうりを食べて、「おいしい。」といいます。お父さんは、いつもあそんでくれて、とってもやさしいです。妹とは、よくけんかするけれど大すきです。
  わたしは、みんなだいすきです。妹とは、よくあそびます。ようふくをよごすとお母さんは、「あーこんなによごしたのちょっとまっててね。」といいます。わたしは、小さいときからかぞくがだいすきです。
  おとうさんやおかあさんに「わたしのことをどうおもってる」ってきいてみたら、ふたりとも「だいすき。」とこたえました。わたしは、「すずかも。」といいました。わたしは、かぞくのことは、どうおもいますかときかれたら、「みんな、なかよしでとってもとってもだいすきです。」とこたえます。わたしは、まいにちまいにちいっつも、しあわせです。


 

わたしの家族

首藤 光紅すとう みく(9歳) 愛媛県西条市

 わたしの家族は、全員仕事に行っています。だから、わたしの家は家族みんなそろうことは、あまりありません。でも、たった一つ、全員そろう時間があります。それは、ばんごはんの時です。その時は、会話をいっぱいします。わたしは、学校であったことを話し、みんなは、それを笑いながら聞いてくれます。
  おじいちゃん、おばあちゃん、お母さんはきゅうりの仕事でハウスに行きます。お父さんは、バラの仕事へ行きます。おじいちゃんおばあちゃんは、とれたてのきゅうりを持って帰ってくれます。わたしは、こりこりしておいしいから大好きです。お父さんはバラを持って帰ってくれます。そのバラは、すぐに花びんにさしてかざったり、学校に持って行ったりします。友だちはいつも、
「きれいなバラをありがとう。」
と言ってくれます。
  お母さんは、きゅうりのハウスのあいまに家の仕事もしてくれています。せんたく、そうじ、料理などです。きゅうりのハウスでは、おじいちゃん、おばあちゃんの手つだいをします。わたしは、家族みんなを、ほこりに思っています。


 

大切な家族

須藤 ちひろすどう ちひろ(9歳) 茨城県 ひたちなか市

 前に、こんな事がありました。友達の事でなやんでいた時、帰宅した私に母が、「この本を読んでごらん。」と一冊の本をわたしました。その本には、友達のことでなやんでいる主人公が、友達のいい所を見つけ、弱い自分を反せいして、その友達と仲よくなっていく話が書いてありました。正直その本を読み終わって「ドキッ。」としました。その次の日、学校へ行って筆箱を開けるとケシゴムの下に、「がんばれ」と書いた、小さなメモが入っていました。私は、それを見て何も話さなくても、母は私の事をよく見ていると思うと、すごくうれしくなりました。「今日も、がんばるぞ。」と思いました。
  今でも、こまった事があると母に相談しています。すると、母は「こう考えてみたらどう?」とアドバイスをしてくれます。いつも、真けんに話を聞いてくれる母のすがたを見ると、わたしはすごくうれしくなります。やっぱり家族が一番分かってくれるんだと思います。だから、わたしも、いっしょになやんだり、考えたりしてくれる母のような、やさしい大人になりたいです。


 

手をつなごう

箕川 明日香みのかわ あすか(9歳) 茨城県日立市

 私は、手をつなぐのが大好きです。家族と手をつなぐと安心します。よく手をつなぐのは、お母さんです。妹の手は、私と同じくらいなのでつなぎやすいです。
  でも、特に大好きなのは、お父さんの手です。お父さんは、体が大きくて小学生のころから野球をやっていたので、その大きな手のひらはボールがつかみやすそうです。ごつごつしていますが、とてもやさしい手です。
  そんなお父さんの大きな手で、頭をなでてもらうとうれしいし、遊んだりすると楽しいのですが、今は単身赴任しているのではなれてくらしています。三年がたってなれてきたので、私も妹も泣くこともなくなりました。週末はほとんど帰ってきてくれるし、帰れない時は、お母さんと私と妹で、単身赴任りょうに遊びに行けるからです。
  それでも、地しんが起きたりすると不安になり、お父さんも心配して電話をしてくれます。やっぱり、家族四人がいつでも手をつなげるきょりでいられるといいなあと、私は思います。


 

おじいちゃんのおくりもの

和田 唯暉わだ ゆいき(9歳) 茨城県牛久市

 去年の春、おじいちゃんが入いんしました。おじいちゃんとぼくはとてもなかがよかったので、とても心配でした。ぼくたちは何度も何度もおみまいに行きました。ぼくたちが行くと、いつもよろこんでいました。けれどもびょうきは、どんどんわるくなっていき、だんだん声もでなくなっていきました。ぼくと妹は、おじいちゃんをはげますために絵をかいたり紙で花を作ったりしました。それを先生が点てきの所に下げてくれたので、おじいちゃんは、うれしそうでした。
  ぼくたちはいつも長い時間びょういんにいたので、待ち合い室でお母さんにかけ算を教えてもらっていました。そしておぼえたところをおじいちゃんのベッドのそばでおさらいしていました。ある日ぼくは、「7×8」でつまずいてしまいました。どうしても答えがでないぼくに、おじいちゃんはにっこりわらって小さな声で「56」と教えてくれました。おじいちゃんは亡くなってしまいましたが、ぼくはあのときの「7×8=56」だけは、いまでもこれからも、ぜったいにわすれられないおじいちゃんからのおくりものだと思っています。


 

家族の愛情

池田 有希菜いけだ ゆきな(10歳) 茨城県笠間市

 私の家族は5人です。仕事をがんばっているお父さん。いろいろな事にチャレンジしているお母さん。畑仕事をしているおばあちゃん。私より2才下のやさしい弟。そして小学五年生の私です。
  私が一番家族の愛情を感じたのは、私の10才のたん生日です。弟は私の大好きなキャラクターの絵を書いてくれたり、おばあちゃんは私の大好きなトマトを畑で作って食べさせてくれたり、お母さんは私の大好きなカボチャのケーキを作ってくれたり、仕事のいそがしいお父さんなのに早く帰ってきて私の事をお祝いしてくれます。
  私は最近まで、たん生日は祝ってもらうだけでした。しかし私は祝ってもらうだけではなく、私からも祝ってあげたい人がいる事に気づきました。それは私のお父さんとお母さんです。私が生まれる前までは夫婦だったけど、お母さんが私を産んだときに、はじめてお父さんとお母さんになったからです。つまり、私のたん生日はお父さんとお母さんの日、になるのです。私も11才のたん生日はお父さんとお母さんを祝ってあげようと思います。
  私はやさしいこの家族のことが大好きです。私はこの家族を大切にしていきたいです


 

家族の思い出

海老澤 瑞穂えびさわ みずほ(10歳) 茨城県ひたちなか市

 わたしの家族の思い出は、4月に弟が生まれたことです。
  生まれると知ったときは、とてもびっくりしたけれど、とてもうれしかったです。まず「あかちゃんがうまれるんだよっ。」と、石つかさんと大和田さんと海老根さんに教えました。そしてお母さんに、
「よてい日、いつ?」
ときいたら、「4月13日だよ。」と言ったので、いそいで二かいにいってカレンダーにしるしをつけました。
  それで、4月7日にうまれました。お兄ちゃんとバンザイをしてよろこびました。病院で初めて弟を見たときは、とてもかわいかったです。「わたしもお姉ちゃんになったんだなぁ。」と思うと、とてもふしぎな気もちでした。
  一週間はやくうまれたけれど、とても元気な赤ちゃんです。今ではうつぶせになったり、テレビを見たりしています。泣き声も大きくなってちょっとうるさいときもあります。でもそんな弟がかわいくてたまりません。わたしは、弟に元気に大きくなって、人にやさしくできる男の子になってほしいです。


 

一年間で一番楽しく・うれしい日

為我井 彩乃ためがい あやの(10歳) 茨城県結城市

  私が、一年間で一番楽しい日は誕生日です。なぜなら家族のみんなで祝ってもらえるからなのです。私の家族は6人家族で兄弟の中でも一番下です。
  私は、生まれた時に心臓の病気にかかっていました。ずーっと病院に入院していました。
  5か月の時、容体がおちつきみんなが待つ家に退院する事が出来ました。楽しい家でのくらしも、そう長くは続きませんでした。
  7か月の時、手じゅつをしないと数か月の命だと先生から言われました。数パーセントの確率でも、助かる事にかけ、心臓の手じゅつを受けました。手じゅつは成功し、元気になりました。とてもうれしかったです。
  この後、1才の誕生日を無事むかえることが出来ました。みんなに、支えられ、見守られて、今こうして元気に生きています。
  誕生日の日に、家族から「彩乃、元気になって良かったね。誕生日、おめでとう。」と、言われます。病気の事は、よくおぼえていませんが、きずあとを見ると新しい命をもらった感じがし、誕生日が余計にうれしく、楽しい日に思います。家族の笑顔いっぱいの、「おめでとう。」の言葉が大好きです。


 

まほうのメッセージ

沼田 歩ぬまた あゆみ(10歳) 茨城県行方市

 私のお姉ちゃんは、中一の時、いじめられたことがありました。家族はもちろんのこと、親せきや知り合いの人、たくさんの人が心配しました。でも、一番お姉ちゃんがはげまされたのは、おばあちゃんでした。おばあちゃんも子どもの時、いじめられたことがあるから、よく分かるそうです。
  「いじめた子は、人の気持ちの分からない子だね。必ず天ばつがあって、やり返されるよ。何を言われても、学校では泣くんじゃない。弱虫と思われるからね。胸をはって堂々としていなよ。家に帰ってきて、その心の痛みをなみだで流してしまえばいいんだよ。きっとだいじょうぶ。お前はやさしい子だからね。」
  お姉ちゃんの肩に手をおいて、話してくれたおばあちゃんの姿は、私の心にもずっと焼きついています。次の日から、お姉ちゃんに、笑顔がもどってきました。
  私は「おばあちゃんのまほうの言葉」というシールをはって、心の中の引き出しに、大切にしまっておくことにしました。つらい時や悲しい時、そっと引き出しをあけて、心をなごませようと思います。おばあちゃん、ありがとう。


 

祖父母の大きさ

深沢 宏輔ふかさわ こうすけ(10歳) 茨城県笠間市

  5月ごろの話です。親と勉強の仕方についてけんかになり、隣の祖父の家にかけこみました。
 家に着くとすぐにこたつにもぐりこみ、泣いていました。その時、祖父母はやさしく声をかけてくれました。「どうしたの」とか、「大丈夫?」などとなぐさめてくれました。しかし、その時のぼくには全く耳に入らず、泣き続けていました。そんな祖父母に、ぼくは大声で「うるさいな。」とどなってしまいました。言ってから後かいしました。いつもおやつを用意してくれたり、雨風の強い時は、心配して帰りにむかえに来てくれたりする祖父母。それなのに、ぼくはどなってしまった。ぼくの事を心配してくれて、なぐさめてくれたのに、素直になれない自分に対して悲しさと後かいが心の中をかけめぐりました。
  その後、お父さんにお説教されて落ち着いてから、祖父母の家へ行くと、またやさしく声をかけてくれました。今度の祖父母の言葉は、ぼくの心の中に温かくしみこんできました。そしてぼくは、その気持ちに答えて「ありがとう」と心の中で思いました。
  祖父母の大きさをとても感じました。


 

家族って最高

前川 聡一朗まえかわ そういちろう(10歳) 茨城県常陸太田市

  「晃太朗が入院したよ。」
  学童クラブにむかえに来た祖父の言葉を聞いたぼくは、一しゅん言葉が出ませんでした。「入院になるなんて」。心の中で不安な気持ちがどんどん広がっていったことをおぼえています。この時まで正直言って、家族について深く考えたことはありませんでした。毎日同じ家で食事をしたり、おふろに入ったり。いつもいっしょにいるのが家族。それが当たり前だと感じていました。
  ところが、弟の入院以来、ぼくの家族は全員そろう日がなくなってしまったのです。夜は、父か母のどちらかがつきそいで病院にとまります。いつもにぎやかな夕食時のテーブルも、3人でかこむ日が続きました。2人がいないせいか、話もはずみません。さびしい感じがしました。日数がたつにつれ、ぼくたちは、少しずつ元気がなくなってきていました。そんなある日、弟が明日たい院するという、うれしい知らせがとどいたのです。
  次の日、弟はたい院。16日ぶりに家族5人が夕食時のテーブルにそろいました。一人一人の顔を見て、なぜかとっても安心しました。みんなが元気でいっしょにいられることが家族の一番の幸せだと気づいたのです。


 

お母さんお父さん、私を産んでくれてありがとう

大賀 真衣おおが まい(11歳) 茨城県猿島郡

 「あなたが産まれるの待ってたんだよ。」 
 私は出産予定の日を通りこし、1月21日3410グラムで産まれ、お父さんやお母さんは大つぶのなみだを流した。「そんなに私のことを待っていてくれたの。」と聞いてみた。
  「あなたが産まれなかったら、もう子どもはあきらめていたんだよ。」と言われて「産んでくれてありがとう」という気持ちでいっぱいだった。「産まれた時、どう思った?」と聞いてみた。お父さんは、私のことを「宝物がやってきた。目が見えなくなるほどうれしくてなみだがあふれたんだよ。」と言ってくれた。お母さんは、「子どもがなかなかできなくてあきらめていた時に真衣ができた。その時のうれしさといったらなみだがあとからどんどんあふれてきて、真衣がいない生活なんて考えられない。」ここまで思っていてくれたんだなと思った。 
  今までわがままやめいわくをかけていたと思った。だから、こんなには思っていないと思っていた。だから、私のいない生活なんか考えられないとか、宝物だとか思っていてくれて、聞いたときはなみだがこぼれそうなくらいうれしかった。
  だから今、思いをこめて言いたい。今までの思いをこめて。「私を産んでくれて、ありがとう。」


 

家族の言葉

国府田 夏海こくふだ なつみ(11歳) 茨城県下妻市

  私は、今バレーを習っています。まだ、今年5月に入ったばかりですが高学年の選手としてがんばっています。そんな、未熟な私をはげまし、おうえんしてくれる家族が大好きです。
  バレーは、平日、祝日、練習がたくさんあります。私は、毎日、
  「つかれた、つかれた。」と口ぐせに言っていました。
  その私を力づけたのは、お母さんです。お母さんは、いつもアドバイスをくれたり家での練習を手伝ってくれます。
  お父さんは、いつも、練習試合の前、
  「気合いを入れてがんばってこいよっ。」っと、不安そうな私をそう言って勇気づけてくれます。そうすると、なんだか勇気がわいてきてりっぱなレシーブができるようになります。私は、そんな家族が大好きです。 
  私の将来の夢は、バレーの選手になることです。私は、今まで弱虫だったのにここまで心強くなれたのは、家族のおかげです。私はこれからもずっとずっと家族のおうえんやささえを力にして、りっぱなバレー選手になりたいと思います。これからも、家族を大事にして、だれかがへこんだ時ささえていきたいです。


 

幸せの合い言葉

寺門 夢香てらかど ゆめか(11歳) 茨城県常陸大宮市

  私は七人家族です。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんに、お兄ちゃんと妹と私です。みんな元気で仲良し家族です。
  お兄ちゃんは中学二年生。部活やじゅくでいそがしくて、みんなと一緒に夕ご飯を食べられない日があります。このごろは、おじいちゃん、おばあちゃんが二人で食べることも多くなりました。私も、妹と先に二人で先に食べたりすることもあります。
  この前、七人そろって夕ご飯を食べました。私もうれしかったけど、おばあちゃんが一番喜んでいました。
  「みんなで食べるご飯はおいしいな。」
ってニコニコして言いました。私もそう思いました。
  これから、お兄ちゃんや私や妹が、もっと大きくなると、家族そろって夕ご飯を食べることが少なくなると思います。でも、できるだけ7人そろって話したり、笑ったりしてご飯を食べることができるといいなと思います。みんなでそろって食べるご飯はおいしいです。みんなでそろって「いただきます」は幸せの合い言葉だと思います。


 

私の母

永作 佳穂ながさく かほ(11歳) 茨城県行方市

  私の母は3人の子どものお母さんです。毎日仕事から帰ってくると私たちの夕ご飯をつくってくれたりいろいろな事で毎日大変です。
  そんなある日、私が今日学校でうまくいかなかった事があり、しょんぼりしていると、お母さんが横にきて私の話を一生けん命聞いてくれました。その時私は、お母さんがいてよかったなと思いました。この時一人でかかえこんでいたら今も心の中にあり、きりかえられないままだったかもしれません。だから私はお母さんが大好きなんだと思います。それに何かで、しっ敗してしまった事があると、
  「次はしっ敗しないようにね。」
などと言って勇気づけてくれたり、面白いことを言って笑わせてくれたりもします。なので私は、これから先、今までお母さんに助けられたり、すくってくれたりした分、私もお母さんの事を助けてあげたり、すくってあげて、お母さんによろこんでもらいたいなと思っています。
  お母さん、これからも私の事をよろしくお願いします。お母さんも体に気をつけてがんばってください。


 

みんながくれた元気

古川 望ふるかわ のぞみ(11歳) 茨城県古河市

 私は悩んでいました。
  5年生のころまでは友だちと遊ぶのが楽しくて、学校が大好きでした。けれど、6年生になって友達といることが、とてもきゅうくつで、つまらなく、学校がきらいになってしまったのです。
  そんなある日、母と二人でじっくりと話す機会がありました。
  「なぜ学校が嫌いになったの。」
  母の落ち着いたやさしい声は、私の心をあたたかく包んでくれました。不思議なくらい素直に、自分の気持ちを語ることができました。
  母の提案で次の日、家族全員に今の気持ちを伝え、相談しました。
  あまり相手にしてくれないかなと思いつつ話していましたが、父も姉も、小学校4年生の妹までも、真剣な表情で話を聞いてくれました。
  私はこの悩みをもとに家族から大切なことを学びました。それは家族のあたたかさです。心の底から心配し、自分のことのように一生懸命考えて一緒に悩み、アドバイスしてくれました。「私は一人じゃないんだ。」と、勇気がわいてきて元気になりました。大切なことを教えてくれて、家族のみんな、ありがとう。


 

かたく結ばれた家族のきずな

保戸山 千央ほとやま ちひろ(11歳) 茨城県結城市

 私は家族が大好きです。私が生まれてきた時からずっといっしょなので、私が今なにをしたいか、今何を聞きたいかが、すぐに分かってしまいます。私が友達とケンカした時や、いじめにあったその日はいつも、
「顔が暗いよ。どうしたの。」
と声をかけてくれます。
  私は、思いきってその日あったことを全部話します。そうすると、家族は必ず相談相手になってくれます。私は、生まれてきた時からずっといっしょの家族だからこそ、相談にのってくれたりしてくれんだなと思いました。
  相談相手になってもらうだけでなく、今度は自分からも相談相手になって、家族が少しでも笑顔になってくれたらいいなと思いました。こんなふうに、泣いたり笑ったりするようなことができる家族は、きっとかたいきずなで結ばれているんだなと思いました。
 私はそんな家族が私の中の一番のたからものです。


 

家族といる時間

横須賀 由菜よこすか ゆな(11歳) 茨城県行方市

  部屋の掃除をしていると、ある一冊のノートを見つけた。それは、2年前に書いていた日記だった。そこには、一日ひとこと書いてあり、私はなつかしかったので読んでみた。
  4月3日、今日はお父さんと出かけるはずだったのに、お父さんから急な仕事が入ったから今日は無理だ、と言われた。ちょっとざんねんだったなぁ、と書いてあった。4月4日、今日は家族みんなで出かける約束をしていたけど、お父さんが今日は帰れないということで、家族みんなとは行けなかった。ちょっと残念、と書いてあった。つぎつぎにページをめくっても、家族といる日は月五、六日ぐらいしかなかった。
  すると、4月23日の日記にこう書かれていた。
  お父さんとお母さんの仕事の関係で、家族といる時間があまりないといったって、それはお父さんお母さんの大事な仕事だからしょうがないんだ、と書いてあった。
  私はそれを読んだとき思った。たとえ、お父さんとお母さんと出かけられないからっていっても、家族みんなのために一生懸命働いてくれているんだと。そして、私は急に家族にありがとうと言いたくなった。


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